2004年03月27日
●アホウドリの糞でできた国その5

「その4」の続き。
2003年にはナウルの燐鉱石はほぼ枯渇していました。
国家破産の危機が目前に迫り、
政治的に不安定な状況が生まれます。
1月末、ナウル大統領が二人いるということが判明。
どちらが正当なのか回りからは全く分からず、混迷は深まります。
電話、インターネットが通じなくなりました。
2月、豪州は「ナウルの指導者が誰かすらわからない」と発表。
すると、ナウル大統領からSOS声明が出されます。
オーストラリア政府は電話回線復旧のための救援チームを送り込み、3月には連絡手段が回復しました。
「行方不明」の原因については
機器の故障、洪水、大統領官邸の焼失など諸説あり、
本当のところは未だに不明のままです。
アルカイダ資金がナウル銀行に存在することが判明。
さらにテロリストのナウルパスポート売買が明るみに。
米国の怒りは頂点に達し、ナウルのビザが完全に発給停止になります。
3月には、ドウィヨゴ大統領(一応こちらが正統だった)が突然アメリカに亡命。
3月9日に、そのまま病院で死亡してしまいます。
4月。北朝鮮からの亡命者20名がナウルに到着。
しかし、これ以上米国に逆らいたくないナウル政府は、
彼らをアメリカに移送します。
そして何とか国家を再建するため、
改めて大統領選挙を実施しようとしますが、
いつまで経っても議長が決定できず、なかなか議会が開けません。
何とか強引に大統領を決定したその直後、
アフガン、イラクの難民達が待遇改善を求めて、ハンストを開始しました。
豪州からすべての国民をオーストラリアへ移動させたらどうか、という提案がでますが、
「民族のアンデンティティを失う」と大統領はこれを拒否。
そのまま2004年を迎えてしまいました。
<ごめんなさい。まだ続きます。次が最後です>
★午前10時に一部加筆しました。




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