2004年04月30日

●スワジランドのヘンテコ禁止令

ナウル、ツバルに引き続き、
ミラクルな国シリーズ第3弾はスワジランド王国。

スワジランドは南アフリカに三方を接する(というかほとんど中にある)独立国です。
最大部族であるスワジ族による王制が敷かれていますが、
もともと農業が盛んな国で、わりと豊かでした。

しかし、近年アフリカで猛威をふるっているエイズの影響で
生産者人口が急速に減少。
財政的にかなり逼迫した状況になっています。
主要援助国は、実は日本です。

エイズの蔓延を防ぐための法律・方策は
アフリカ各地で色々実施されていますが、
2001年9月にスワジランドのムスワティ国王が出した法令は、あまりにもミラクルな代物でした。
エイズ対策のためとして、
「若い女性のセックスを5年間禁止」にしたのです。

禁止令の中身はおおよそこんな感じ。

今後5年間、若い女性のセックスを禁止する。
男性と握手をすることも禁止。
性体験のない女性は青と黄色のふさを身につける。
19歳以上の女性は赤と黒のふさを身につける。

そして、この法律を破った者には「牛一頭分の罰金」が課せられることになりました。

あまりにも時代錯誤で差別意識丸出しな法律に、
世界中の女性団体が怒りの声をあげました。
実はスワジランドには前科があったのです。
2000年にムスワティ国王が出したのは、
「10歳以上の女性のミニスカート禁止」という法律。
授業中に教師が欲情したら困る、という理由でした。

なんとなーく、この王様の頭の中が見える気がしますね。
いつも女性だけ禁止するってあたりも変ですし。
しかしこの法律は発表されて3ヶ月で意外な結末を迎えることになります。

国王が自分でこの法律を破ってしまったのです。

法律を出した年の12月、
33歳のムスワティ国王は17歳の少女と婚約しちゃいました。
(ちなみに一夫多妻OKなので7人の奥さんと別にもう一人婚約者がいます)

怒った女性たち数百人が王宮に押しかけ、
「純潔のふさ」を投げ捨てて、抗議をしました。
国王はあっさり罪を認め、牛を一頭差し出しました。

女性たちはそれを持ち帰り、
みんなでバーベキューしたと報じられていています。

あれ?それで納得しちゃうのん?

よく分かりませんが、これでこの法律は事実上無効になったとみて良いみたいです。


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2004年04月23日

●トンチンカンの頂点がファルスである

僕は好きな本を何度も読み返すクセがあって、
なかなか新しい本には手を出しません。

一番いいのは、5年ぐらい寝かせておいた本を
「おおっ、こんなこと書いてあったっけ」と思いながら読み返す時。

このパターンで何度も「すげえ」と感動して、
毎回やたら元気になってしまう作品が
坂口安吾の「FARCEについて」という短編です。

FARCEは、ここでは道化と訳されています。
以下一部引用します。

 ファルスとは、人間の全てを、全的に、
 一つ残さず肯定しようとするものである。
 およそ人間の現実に関する限りは、空想であれ、
 夢であれ、死であれ、怒りであれ、
 矛盾であれ、トンチンカンであれ、ムニャムニャであれ、
 何から何まで肯定しようとするものである。

 ファルスとは、否定をも肯定し、肯定をも肯定し、さらにまた肯定し、
 結局人間に関する限りの全てを
 永遠に永劫に永久に肯定肯定肯定して止むまいとするものである。

この文章が僕は大好きなのです。
内容もそうなのですが、読んでいる時の疾走感がたまらない。
日頃から「スピード感のある文を書きたい」と思っている自分にとっては、
これは、まさに目標のひとつ。

この作品は芸術評論のエッセイになっているのだけど、
ほとんど爆笑しながら読みました。

この短編の最後はこんな感じ。

 肩が凝らないだけでも、なかなかどうして、たいしたものだと思うのです。Peste!

なんとなくハイな感じでクスリの気配がするのですが、
安吾がこれを書いたのは26歳の時。
彼がヒロポンを常用して中毒になるのは40代になってからのことです。

<参考までに>
「FARCEについては」色々な短編集に収録されているようです。
僕の手元にあるのは、集英社文庫の「堕落論」ですけど、
他の本にも載っていると思いますよ。

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2004年04月22日

●見たいモノしか見えてはいない

麻雀をはじめて覚えた頃、街を歩いていると、
今まで見えていなかった雀荘の看板が
どんどん目に飛び込んできました。

いざ初めての雀荘に入ろうとして、
財布の中身が少ないことに気がつくと、
今度はいきなり消費者金融のポスターが見えたり、
こういうことってありますよね。

目は、見たい物とか興味のあることしか見ていない。

で、ですね、この説で行きますと、
僕は巨乳というものに全く興味がないようです。

友達と会話をしていて、
「ほら、あの胸の大きな子いたじゃん」
と言われても僕には全然分からない。
ちょっと呆れられるくらい視界に入っていないんです。

ただモノには限度があるので、
ごくまれに視野に入るほどの巨乳さんがいます。

数年前に知りあった女の子もそうでした。
カラダ全体が太いという事情もあったのだけど、
胸もとても大きくて、
ファミレスに行くとテーブルに乗ってしまう。

これはさすがに目に入ってきます。

この子には悩みがあって、
「口説いてくる男がみんな巨乳好きでね、嫌になっちゃう」
というのです。

ある意味不幸なのかもしれないな、と思いつつも
「それならそれでアピールポイントだと思えばいいんじゃない?」
と答えておりました。

そんな彼女にも新しい彼氏が出来て
「今度の彼はね、貧乳好きなのに、私の性格に惚れたんだって」
と嬉しそうでした。
少し疑問を感じつつも「良かったね」と僕。

1週間後彼女から泣きながら電話がありました。
曰く「彼の部屋に行ったら、巨乳ビデオばかりだったの」

結局、別れちゃったそうです。
これってどっちが悪いんでしょうね。
僕には、未だによく分からないのです。

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●彼女はバルコニーからお好み焼きを見ていた

食べ物にまつわる思い出シリーズ第二弾
というわけでもないのですが、今回は「お好み焼き」。

僕の実家は町のパン屋で、
商店街で生まれ育ったこともあって
「お好み焼き」といえば、立ち食いが基本でした。

スーパーとかの前に売っているのを買って、そこらで食べる。
石焼いもと並ぶ定番ファーストフードという感じですね。

商店街のはずれには公園があって、そのまわりは住宅街。
そこに同級生の女の子が住んでいました。

西洋風の大きな家に住むお金持ちだったので、
彼女は絶対にお好み焼きなんか食べませんでした。
もしかしたらマンガも読まなかったかもしれない。
テレビもNHKだけ、みたいなそんな雰囲気。

その子が見てるんです。
僕らが公園でお好み焼きを食べていると
何故か、いつもベランダに出てきて、ニコニコしている。

お好み焼きが欲しかったのか
一緒に遊びたかったのかは
聞いたことがないので未だに分かりません。
両方だったのかな・・んー。

彼女が居たのは、ごく普通のベランダだったのですが、
小学生だった僕は何故だかそれを
「バルコニー」だと固く信じていました。
たぶん、
バルコニーとは形状とか機能を差す言葉ではなくて、
こういう女の子が立っている場所だと思いこんでいたんでしょうね。

あ、わりと重要なことを補足します。
その子はかなりきれいでした。

<後日談>

中学生になって、彼女とは学校が別になりました。
コピーライターがちょっとしたブームになっていて、
週刊文春で糸井重里さんの「萬流コピー塾」という連載が始まりました。
その連載で「お好み焼きのコピー」の募集があり、
13歳だった僕は
「いつもバルコニーから見ていました」
というコピーで応募して、
生まれて初めて雑誌に文章を掲載されました。

それから20年経って今はライターであります。
お好み焼きは豚肉入りが好きです。

Posted by tekigi1969 at 15:32 | Comments [1] | Trackbacks [0]

2004年04月11日

●魯山人のトイレ

納豆が好きなので、よく必至にかき混ぜております。
混ぜれば混ぜるほど美味しくなる気がするのです。

北大路魯山人によると、
用意するのは、湯呑み型の器と小粒の納豆。

まず、260回混ぜる。
次に、しょうゆをほんの少したらして、35回。
さらに、しょうゆをちょいとたらして、35回ぐるぐる。
もう一度、しょうゆをたらして、25回。
でもって、からしを加え、65回。
最後に、薬味を入れて、仕上げに10回かき混ぜる。

計430回。
さすがにここまでやったことはないです。
でもやったらきっと美味しいだろうな。

ただ「魯山人味道」(中公文庫)によると、
昭和七年には「今の納豆は美味しくない」と言っているので、
魯山人自身も途中からはやっていなかったのかもしれません。

2年ほど前に僕らが結婚式をやった名古屋の料亭は、
魯山人がよく来た、ということが自慢らしく、
トイレの中にまで魯山人が焼いた陶器がありました。

極めつけは魯山人作の男子トイレの便器。

これ、ウソじゃないんです。
その料亭の人が誇らしげに説明してくれました。
酔っ払って、使うと、なかなかいいです。
手で触れることはしませんでしたけどね。

有名な食通が便器を焼いたりしながら
70年以上も前に「美味しくなくなった」と断じた納豆ですが、
それでも「少しでも美味くなれ」と
ひたすらかき回して食べるのも悪いもんじゃないです。


Posted by tekigi1969 at 09:42 | Comments [1] | Trackbacks [1]

2004年04月10日

●「けふもコロッケ」六番まで

明治になって日本の食卓に登場するようになったもの。
その代表格が、牛肉とコロッケです。
どちらも文明開化の象徴というかハイカラなイメージだったみたい。

日本人がジャガイモを沢山食べるようになったのは、
コロッケの普及が大きかったとか。
安いし、子供も好きだし、お腹もふくれる。
大正時代になると、喜劇で「けふもコロッケ」という歌が歌われて、大流行しました。

「娯楽大全」に6番まで歌詞が載っていたので紹介します。

「けふもコロッケ」

1、ワイフもらって嬉しかったが、いつも出てくるおかずがコロッケ。
  今日もコロッケ、明日もコロッケ。
  これぢゃ年がら年中 (モウ沢山だよ) コロッケ。

2、亭主もらって嬉しかったが、いつもちょいと出りゃ、めったに帰らない。
  今日も帰らない、明日も帰らない。
  これぢゃ年がら年中 (わたし口惜しいワ) 留守居番。

3、晦日(みそか)近くに財布を拾って、あけて見たらば金貨がザクザク。
  株を買おうか、地所を買おうか。
  思案最中に (ハックショイ) 目が覚めた。

4、英語習って訳(わけ)も知らずに、ちょいと西洋人にアイラブユーと云ったら
  急に抱きつき、顔をなめられ
  お白粉(しろい)が (オーきたない) むらだらけ。

5、夜店ひやかし。おはち買ったが、たった二十銭ぢゃ滅法界(めっぽうかい)に安い
  家(うち)に帰って、蓋をとったら
  安いはずだよ (アッしまった) 底が無い。

6、わたしゃ洋食が好きですと云ったら、すぐに招かれ、出された物は
  牛の脳みそ、足に尻尾(しりっぽ)
  肝になめくじ (モウ沢山でゴワス) 豚の臍(へそ)。

エノケンさんの映画でもこの曲は登場します。
ただ、色んな喜劇・歌劇によって、少しずつ内容が違うみたい。
これは昭和二年頃の宴会で歌われていた歌詞だと思います。

メロディはとくに決まっていなくて、
各自で節をつけて歌っていたそうです。
おじいさん、おばあさんに聞いたら知っているんじゃないかな。

ネットで検索したところ1番しか見つからないので、
この機会に全部書き出してみました。

そこらの歴史本を読むより、
当時の雰囲気が伝わってくるような気がします。
あと、結構、これ一度口ずさむとクセになります。
流行歌ってすごいんだなぁと思いました。

Posted by tekigi1969 at 10:25 | Comments [4] | Trackbacks [0]

2004年04月09日

●芸者さんとのデュエットソング

先日ちょっと紹介した昭和二年発行の「娯楽大全」には、
当時の流行歌も色々載っています。

なかには芸者さんと一緒に歌うデュエットソングもあって、なかなかイイ感じ。
カラオケやスナックがない時代でも、
やっぱり男女の掛け合いソングは基本だったのですね。

一曲だけ書き出してみました。

女  妾(わたし)のスウちゃん目白台。大学リーグのチャンピオン。
   こがるる妾は浅草の。闇にしぼんだウェイトレス。
   どうせ添はれぬ縁ならば。殺して頂戴、ねえ貴郎(あなた)。


男  お前を殺すはやすけれど。あとに残りし父母(ちちはは)が。
   雨の降る日も風の夜も。さぞや思ひ煩らはん。
女  浮いた勤(つとめ)の悲しさに。夜は夜で眠れぬ物思ひ。
   女将が邪険で遭はさなきや。夢で遭ひましよ、ねえ貴郎。
二人 花にたとへて白百合の。芝居にたとへて恐ろしい。安達ケ原の三段目。
   添ふに添はれぬ深い仲。

これは「ハート・リング」というタイトルの流行歌。
音読するとリズムがとても心地良いです。

ここに出てくる「スウちゃん」は、
別の曲では「好ちゃん」となっています。
たぶん、好きな人という意味なのでしょうね。

いつかどこかで使いたい言葉の一つです。
なんとなく女の子が使う表現のような気もしますけど。

Posted by tekigi1969 at 16:31 | Comments [0] | Trackbacks [0]

2004年04月08日

●昭和初期のじゃんけん

サッカー日本代表監督のジーコは負けず嫌いで有名です。
ジャンケンに負けただけでも涙を流して悔しがる。
または「後出しだ」と言い張るのだそうです。

こういう人とはジャンケンをしない方がいい。

ちなみにブラジルのジャンケンは
「パール(偶数) オウ インパール(奇数)」といって、
指の数の合計が「偶数か奇数か」で争うやり方。

各自が片手で、好きな指の数を示して、
全員の合計が偶数ならば、偶数を出している人の勝ち。
奇数ならば、1、3、5を出している人が勝つわけです。

うちの本棚に「娯楽大全」という
昭和二年に発行された古い本があるのですが、
これを読むと、昭和初期の頃のジャンケンは宴会遊びの一つだったようです。
「じゃんけんをする」ではなくて「拳を打つ」と言ったみたい。

「拳の打ち方と独り稽古」の章の冒頭にはこうあります。


「拳は酒宴の席などの遊びに最もふさはしいものである。
 其上(そのうえ)運動にもなり、酒の酔を誘ひもするし、
 又飲み過ぎた酔をさましもする。
 酒席で上手な拳を見ると、誰しも打ちたくなるものだが、
 これも練習を要するもので、稽古を揉んでもらはねばならぬ。」

上手な拳!
練習を要する!
稽古を揉んでもらわねばならぬ!

かなり本格的です。
なんとなく「じゃんけん道」というものがあったような気配が漂っております。

せっかくなので、当時の代表的な「拳」を2つだけ簡単に抜き出してみます。

「藤八拳」
 狐(旦那に勝ち、鉄砲に負ける)
 旦那(鉄砲に勝ち、狐に負ける)
 鉄砲(狐に勝ち、旦那に負ける)
 掛け声は「藤八(とうはち)、五文、奇妙の拳」
(明治時代の岡村藤八という薬の行商が
 オランダ伝来の妙薬を「藤八、五文、奇妙に治る」と
 売り歩いた故事にちなんでいる)

「おいでなさい」(来い来い拳)
 狐、旦那、鉄砲は同じ。
 勝った方が「おいでなさい(または「来い来い来い)」
 と三度手招きをしながらいうと、
 負けたほうが「ヘイヘイヘイ」と三度おじぎする。
 これを大勢で向かい合わせに座って三人抜き、五人抜きになるまで続ける。
 掛け声は
「ヨイヨイヨイ来た、ヨイサノ、アイコで、ヨヤサノオイデナサイ」
 といった調子。

単なるじゃんけんなのは分かっているんだけど、
これ、妙にやってみたくなります。

ちなみに「娯楽大全」によると
「拳は打ち方の姿勢の善きを尊ぶもの故。
 独り稽古は鏡又は壁や障子に影を映して練習するもいい」
とのことです。

イザという時、恥ずかしい拳だけは打ちたくないもの。
各自こっそり練習しておきましょう。

Posted by tekigi1969 at 09:55 | Comments [0] | Trackbacks [0]

2004年04月07日

●アフリカ代官山

昨日「ドイツ村」について調べていて、
どうやら遠く離れた場所や言葉を並べると、
そこには異次元ができるらしいと気づきました。

例えば「白金運輸株式会社

シロガネーゼがトラックを操り、華麗に働く様子が目に浮かんできます。
セレブな富岡製糸工場。

アフリカ代官山

ちょっと確信犯っぽいですが、
じっーと店名だけを見つめていると
やがて「代官山」といううっそうとしたジャングルに被われた小山が。見えないですか?

オシャレな名を持っている大手チェーンの支店を検索すると
味わい深い組み合せがわさわさ登場します。

「メガネのパリミキ 斑鳩店」
「メガネのパリミキ 河内長野市役所前店」
「メガネのパリミキ 長崎屋秋田店」

パリミキの人は、支店を出すたびに苦労しているのかもしれません。

日本ではほとんどオシャレを意味する修飾語になっている「パリ」ですが、
その応用形が「ド・パリ」で、マキシムが有名です。

「ド・バリ」(「゜」じゃなくて「゛」)で検索してみたら、こんなのがみつかりました。
シャンソン ド バリ
しかもこれは「バリ」でも「パリ」でもなく「今治」の歌だそうです。

世界中をぐるぐる回っていたら、
行き着いた先は愛媛県でした。

さて、仕事します。


Posted by tekigi1969 at 10:12 | Comments [0] | Trackbacks [0]

2004年04月06日

●なぜこんなにドイツ村

東京ドイツ村の存在は知っていたのですが、
何気なく検索してみると、
実は日本中にドイツ村ってあるんですね。

東京ドイツ村

赤城高原牧場クローネンベルクドイツ村

岡山農業公園ドイツの森クローネンベルク」(注)音が出ます

うえのドイツ文化村

実は千葉県にあることで有名な「東京ドイツ村」ですが、
「うえのドイツ文化村」に至ってはなんと宮古島にあります。

これを数式にしてみると
東京+千葉=ドイツ
うえの+沖縄=ドイツ
解くのはかなり難解です。

ようするに動物と自然とビールとウインナ―の4つの神器がそろえば
場所は問わずに、そこはゲルマンということかしらん。

もしかすると、
我々が知らないうちにこっそり日本を少しずつ
ドイツ化する計画が進行しているのかもしれません。

負けるなムツゴロウ王国。
浮かんじゃだめだ。

(関連記事)「ムツゴロウ王国移転宙に浮く」(ヤフーの記事)


Posted by tekigi1969 at 16:22 | Comments [7] | Trackbacks [0]

●中原中也VS太宰治

文人悪食.jpg
文人悪食(新潮文庫)

明治から昭和初期の作家と「食」について
エッセイ風にまとめた本。とてもおもしろい。

例えば、中原中也。
かなりタチの悪い絡み酒だったらしく、
相手が弱いとみると誰にもケンカをふっかけていた。
自分から飲みに誘っておいて、
その知人があまりお金を持っていないことを知ると
「これじゃ、女給にチップも渡せないじゃないか」
となじる。

これ、かなり最悪です。

当時の中也と親しかった青山二郎は
「彼は誰よりもえばりくさっていた」と記しております。

太宰治とのケンカを記録しているのは作家の檀一雄。
一緒に飲んでいたのは、草野心平、太宰、檀、中也の四人でした。
酔った中也は太宰にネチネチ絡み、こう言ったそうです。
「何だ、おめえは。青鯖(サバ)が空に浮かんだような顔をしやがって。
 全体、おめえは何の花が好きなんだい」
うんざりしていた太宰は口ごもり
「モ、モ、ノ、ハナ」
泣きそうな顔でじっと中也の顔を見ました。
「チェッ、だからおめえは」
といって乱闘に。

もしリアルタイムでそばにいたら、大変迷惑な人間なのだろうけど、
こうやって読むとおもしろい。
僕はこういうキャラは嫌いじゃないです。

ちなみにこのケンカを想像するとき、忘れちゃいけないのは、
中也は当時としてもかなり背が低かったということ。
160あったか、なかったか。
一方の太宰は175センチの大男だったのであります。

「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」はこんな日常のなかで生まれました。
そう思うと二日酔いの朝の耳鳴りみたいだ。

Posted by tekigi1969 at 09:10 | Comments [5] | Trackbacks [1]

2004年04月05日

●工夫される草nagi剛

もうひとつ検索してみました。
検索ワードは、「彅」の字が出ないことで有名な、草彅剛さん。

今回もGooの検索エンジンです。
みなさん苦労しているようですねぇ。

「草なぎ剛」11600件
「草ナギ剛」 1900件
「草nagi剛」 32件

どわっ。nagiもアリなのですか。
でも、まだまだ未知の表記法があったのです。


●難しい字は無視しちゃえ派
「草剛」32900件(注)写真集のタイトルのようです。

●変な字は間違えちゃえ派
「草凪剛」 597件(注)草凪純という人がいるみたい。
「草薙剛」2150件

●画数多いからバラしちゃえ派
「草弓剪剛」326件

●もっとバラしちゃえ派
「草弓前刀剛」423件

恐るべし、SMAP。
ここまでくると、もはや日本刀です。

ちなみに
「草弓前刀岡リ」はヒットしませんでした。
最後の「り」を工夫すれば見つかるのかな。

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●七人のハーブチー

春になったので、
市民菜園にイモと下仁田ネギを植えてきました。
ベランダには、ハーブがわさわさ。

夏になったら、ミントをどっさり山盛り煮て、冷し、
ウォッカに混ぜてぐいっと飲むのです。

Gooの検索エンジンに「ハーブティー」と入力すると、71100件がヒット。

「ハーブテー」だと47件です。

ちなみにGoogleを使うと、「ハーブテー」を勝手に「ハーブティー」に直してくれる。
ちょっと無粋。こういう検索には不向きです。

「ハーブチー」 7件→こちら
いるんですね。「はーぶちー」。
ちょっと驚きました。

「ハーブ茶」2330件
「ハブ茶」 3090件←こういう名前のお茶があるみたい。

「ハブティー」46件
「ハブテー」 7件←自動車改造サイト多し。
「ハブチー」 0件

これで、このページが検索エンジンでヒットする「ハブチー 1件」になるかな。

最後に「ヴ」を使った用例を検索。

「ハーティー」 34件

「ハーヴテー」「ハーヴチー」はなし。

やはり小粋な使いは、ちーとかてーとは言わないようです。

Posted by tekigi1969 at 09:11 | Comments [0] | Trackbacks [0]

2004年04月04日

●触覚で描いた木の絵

とある全盲(生まれつき目が見えない)の方がやっているホームページを
ここ数日ずっと読んでいます。

色々興味深い発見が多いです。
意識したことのない部分が刺激される感じ。

例えば、絵の話。

この人が小学生だった時。
目の見える妹がクレヨンでなにか描いていました。
聞いてみると「木」だと言います。
木のだいたいの形は触って知っているよと、
この人もクレヨンで絵を描きました。

まず縦に棒を描き、
その途中から何本も枝が出ているように、斜め上に線を描いたのです。


ところが、妹さんは「それは木じゃない」と言います。
そして、クレヨンを持った彼の手を取って、
まず縦に棒を描き、
その棒の上のほうに大きな円を描いたのです。

この人は「唖然とした」と書いています。
そんな円は木のどこを触っても存在しないからです。
でも、それを見ていたお姉さんも、
妹さんの絵のほうが木に見えるという。

おもしろいなぁ、と思いました。

どうやら目で見た情報を表現しようとすると、
多くの人は、細かいところは無視して、
ざっくりと全体像をパターン化してしまう傾向があるようです。
でも触覚での情報には、そんなことはないんですね。

「見たままを描く・書く」って、
実はものすごく難しいのかもしれません。

<参考にしたサイト>
 http://www5c.biglobe.ne.jp/~obara/index.htm
(ご迷惑になるといけないので、直接リンクは止めておきます。
 ご興味のある方は貼り付けて下さい)
教えてくださった「private eyes」さんに感謝。

Posted by tekigi1969 at 18:44 | Comments [13] | Trackbacks [0]

2004年04月03日

●形を味わう人、色を聴く人


共感覚者の驚くべき日常―形を味わう人、色を聴く人

「共感覚」というモノを持っている人がいます。

五感がきちんと分かれておらず、
食べ物を食べた時に指先に形を感じたり、
音楽を聴くと色が見えちゃったりするのです。

これはいわゆる「比喩」や「例え」とは違います。
「本当に」感じるらしいです。その数10万人に1人。

有名なところでは、カンディンスキー、ナボコフもその一人だといわれています。

冒頭に登場する料理人は、
「チキンにとがりがたりない」と言います。
それを聴いた人は、辛味や濃さを表現する例えだと思う。
料理人はそうじゃないと否定。実際に感じるのだと言うのです。
「顔にこすりつく感じか、手の中にある感じだね」

ミントの味は円柱形をしている。
ポケベルの音は赤い。
ピーナッツバターサンドイッチの球や円で満腹になると眠れなくなる。

なんだかドキドキします。
「なんとなく分かる」気がするのは何故なのでしょう。
それを追求していく本です。今、少しずつ読み進めています。
(ただし翻訳がイマイチ。読みづらい)

ちなみに共感覚を持っていたかどうかは分からないのですが、
アルチュール・ランボーにも似たような傾向があります。
有名な「母音」という詩の冒頭はこうです。

 A黒、E白、I赤、U緑、O青
 いつか君たちの誕生の起源をあきらかにしよう。

カッコいいなぁ。
ちなみにこの本の作者である博士の主張は
「五感は本来、厳密には分かれていない」
というものです。

それはきっとその通りなのだと思うのです。

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2004年04月01日

●ナウルのあやとり

ナウル情報の番外編です。
(→この実在する奇跡の国のことをまだご存じない方は
まずこちらをどうぞ)

国際あやとり協会」のコンテンツ「世界のあやとり」で
ナウルのあやとりが2つ紹介されていました。

現地の伝説に基づくあやとりらしく、
「エイディオウィナゴ」と「エガッタンマ」という名前がついているそうです。
おおまかなストーリーは、
天界から落ちてきた女性がナウルで結婚し、娘を産んだ。
ある日娘が「月はわたしのお祖母さんだ」と泣き出したので、
お父さんがカヌーを造り、月へ送り届けたというもの。

空から降ってきたもので大地ができたという考え方は昔からあったんですね。
なんだかイタロ・カルヴィーノの「レ・コスミコミケ」を連想させる話です。

「天界の女性」と「アホウドリのフン」では
だいぶイメージが違いますけどね。


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