2004年06月28日

●とある海軍士官がかいたラブレターとその後

第二次世界大戦中に、とある海軍士官が婚約者に送ったラブレター。

心から愛しているよ、僕の大切な人。
そして、きみからも愛されていると思うと、生きていて本当によかったと思う。
いつの日にかぼくたちのものになる計り知れない喜びのことを、
これまで何度考えたことか。
いずれ生まれてくる子供たちは、きみのような女性を母親に持てて、
なんと幸せなことだろう・・・
(中略)
いまは正直なところ、出撃はかつて考えていたような胸躍る冒険ではなく、
なるべく早く終わってほしい一つの任務として考えている。
僕らと海のあいだにはまだこれほどの距離があるというのに、
ぼくはもう帰りたいと思っているんだ。
(文面は「新潮45」7月号から引用)

<まずここまでを読んで、その後の展開を予想してくださいね。
 以下はそのうえでお読み下さい>

この手紙を書いた青年は、
幸い戦火の中で命を落とすことなく、
無事に祖国に戻ることができました。
この手紙の受取人である婚約者バーバラとの恋を成就させ、
社会的な成功、名誉も手に入れます。

子供にも恵まれ、
かつて戦場で夢見た「計り知れない喜び」は、
両親の愛に育まれ、戦争の悲劇にも巻き込まれることなく立派に成長しました。
彼は現在、とある国の大統領です。

ラブレターの差出人はアメリカ第四十一代大統領ジョージ・ブッシュ。
受取人はバーバラ・ピアーズ(現在のバーバラ・ブッシュ)。
およそ60年前に生まれたこの愛の結晶の名は、
そうです。現アメリカ合衆国大統領ジョージ・W・ブッシュであります。

もしこの恋が実らなかったら、
僕らの歴史はずいぶん違ったものになっていたかもしれません。

Posted by tekigi1969 at 23:54 | Comments [0] | Trackbacks [0]

2004年06月17日

●のんしゃらんはフランス語

1、いつか使ってみたいと思っている言葉がいくつかあります。
  例えば「のんしゃらん」。
  ついさっきこれがフランス語だと知ってちょっとショックを受けました。

2、だからカタカナで「ノンシャラン」が正しいみたいですね。

3、ショックだったと言えば、
  原稿のゲラがチェックのためにファックスされてきたのですが、
  読んでみたら「注意力が三万になる」と書いてありました。
  ゲラ刷りするまで誰も気付かなかったことにびっくり。
  わざとだと思われたのかな。野球の記事なのに・・・。

4、昨日の「世界三大ミッキーとは」に頂いたコメントで、
  ミッキー・ロークとピート・バーンズの現在の顔を知りました。
  どちらも衝撃っす。

5、ミッキー・ロークさん→「あなたは誰?」(Un jourさん)
  ピート・バーンズさん→ピート・バーンズ(Pete Burns)

6、どちらも整形の結果なのだとしたら恐ろしい。
  ただ、彼らは、顔の何をどうしたかったのか、もはやちっとも分かんないです。

7、そういえば、僕は安貞桓さんの無表情な笑顔を見るたびに、
  もしや・・・と思うのですが、どうなんでしょう。

Posted by tekigi1969 at 21:16 | Comments [0] | Trackbacks [0]

2004年06月16日

●世界三大ミッキーとは

世界三大ミッキーといえば、

1、ローク

2、吉野

3、横田

だと思います。僕はそう決めました。

参考までにミッキー吉野さんの公式サイトは→こちら

マウスなんて存知あげませんことよ。

Posted by tekigi1969 at 22:03 | Comments [0] | Trackbacks [0]

2004年06月12日

●太宰治を消費者物価指数で計算する

昨日「石川啄木の借金を企業物価指数で計算する」
という記事を書いて、
やはり「企業物価指数」よりも「消費者物価指数」の方が
実感に近いのではないか、と思いました。

というわけで、
消費者物価指数(戦前基準)のデータが使える太宰治で再挑戦してみます。
(当時の金額などのネタ元は
 「文人悪食」嵐山光三郎(新潮文庫)などを参考にしました)


まずは昭和11年の太宰の熱海旅行の逸話。

消費者物価指数(戦前基準)
昭和9~11年の平均値を1として算出されています。
そこで、熱海旅行の時の消費者物価指数も便宜上「1」とします。

それに対して平成15年の指数は1776・7。
つまり約1776倍すれば良いわけです。
以下カッコ内は当時の金額。

昭和11年、檀一雄のところに、
当時まだ内妻だった初代さんが太宰が旅館代が払えずに熱海で困っている、と伝えに来る。
檀が「旅費がない」というと、
初代さんは12万4320円(70円)を渡した。
檀はそのお金を持って熱海へ。

すると太宰は檀を連れ、高級そうな天ぷら屋に行く。
支払いは5万971円(28円70銭)。
そのまま三日間飲んで遊び、お金が足りなくなる。
その時の宿代、飲食代、遊女屋の立替金は
総額で53万2800円(300円)だった。

うーむ、消費者物価指数で計算するとリアルですね。

ちなみにこの時太宰は、檀一雄を人質に旅館に残して
一人で東京に帰ってしまったそうです。
金を借りたら戻る約束だったのに、戻ってこなかった。
どはは。

もう一つ。
太宰が情死した時(昭和23年)の新聞記事に載った金額を
現在の価値にしてみます。
(昭和23年の消費者物価指数 189.0)

太宰治の月収は188万円(20万円)。
毎日カストリに1万8800円(2000円)を使っていた。

ちょっと意外な気がするのだけども、
この頃の太宰はかなりの人気作家だったはずなので、
このくらいの収入はあったようです。

そして、ものすごい酒豪&お酒にこだわるタイプでもあった。
当時の文人はみな安いメチルアルコールや粗悪なカストリを飲んでいたのだけど、
彼が飲んでいたのはもっと高級なモノみたい。
1日30~40本注射していたパビナールをやめてからは、
酒を毎晩、1升以上飲み干していたようです。

んー、やってることは実は結構豪快です。

Posted by tekigi1969 at 15:48 | Comments [5] | Trackbacks [0]

2004年06月11日

●石川啄木の借金を企業物価指数で計算する

「昭和〇年の1万円を現在の価値に直す法」の続き。

企業物価指数を使って、石川啄木の借金を計算してみます。

石川啄木の遺した借金メモは二十三歳当時のもの。
彼は1886年生まれだから、1909年。
この年の企業物価指数は0・581。
2003年は637・4だから、

637.4 ÷ 0・581 =1097・074

ということになります。
これを元にして、
借金メモの金額を現在の金額に当てはめると、こうなります。
(カッコ内は当時の金額)

宮崎郁雨に 16万4550円(150円)
金田一京助に10万9700円(100円)
北原白秋に   10970円(10円)
吉井勇に     2194円(2円) 
木下杢太郎に   1097円(1円)
などなどで、総額は約150万5632円(1372円50銭)。

ただ、当時のことを書いた本を読むと
「当時の1円は現在の1万円と考えればいい」という表現がよく出てきます。
その場合は、これを全部約10倍しなくちゃいけない。

確かに、
当時啄木が勤めていた朝日新聞の月給は25円。
企業物価指数で計算すると、現在の価値にして2万7425円になっちゃいます。

うーむ。困りましたね。
やっぱり時代の違うモノの価値を比較するのは難しいようです。

というわけで、以下は当時の価格だけで書いてみます。

啄木の収入。
朝日新聞からの月給はその後27円にあがり、
さらにボーナスが20円出るようになりました。
これとは別に東雲堂からの印税毎月20円、さらに原稿料。
少なく見積もっても月に50円の収入はあったようです。
勤め人だし、副収入もある。とくに貧乏ではなかったみたい。

とはいえ、毎月50円の収入で1372円の借金。
二年分の年収超えてます。
これは返せるわけありません。
しかもその後借金はさらに増えていったようです。

そんな石川啄木が郷里の母からもらった手紙(抜粋)

「おっかさんとなかれ、なんともこまリます。
 それにいまはこづかいなし。いちえん(一円)でもよろしくそろ」

これを読んだ日の啄木の日記(抜粋)

「『どうせ予にはこの重い責任を果たすアテがない。…むしろ早く絶望してしまいたい。』
 こんな事が考えられた。
 そうだ! 三十回位の新聞小説を書こう。それなら或いは案外早く金になるかもしれない!
 頭がまとまらない。電車の切符が一枚しかない。とうとう今日は社を休むことにした。」

ありゃま。


Posted by tekigi1969 at 18:44 | Comments [4] | Trackbacks [2]

●昭和〇年の1万円を現在の価値に直す法

ここのところ子供向けの経済本の原稿を書いているので、
日銀とか東証のホームページを読む機会が増えております。

そこで知った豆知識。

「昭和〇年の1万円を今の価値にすると・・」
という表現がよく出てくるのだけど、
この計算方法には主に2種類あるそうです。

一つは、企業物価指数を元に算出する方法。
二つ目は、消費者物価指数で計算するやり方。

詳しくは日本銀行ホームページ内の「教えて!にちぎん」のコンテンツ
昭和30年の 1万円を、今のお金に換算するとどの位になりますか?
に載ってます。

どの指数を使うかで、数字は大きく違ってしまう。
ただ、まぁ、これらの指数の中で、
一番古くからある指数「企業物価指数(戦前基準指数)」が一番使えそうです。
何しろ、明治34年(1901年)の分からデータがある。

ちなみ平成15年の数値は637.4。
明治34年は0.469となっています。
計算すると、1358倍。
当時の1万円は現在の1358万円ということになります。

んー、あんまりピンと来ない。

というわけで、
後ほど、この数字を使って、
石川啄木の借金を計算してみようと思います。


Posted by tekigi1969 at 15:56 | Comments [0] | Trackbacks [0]

●道徳の教科書とゲロ袋

1、横浜はちょっと小雨まじり。
  9時半頃から急に気温が下がって風が吹き始めました。
 「台風が近付いて大陸の冷たい空気が・・・」
  とか勝手に講釈しつつ、
  ベランダのトマトを避難させました。
  雨にあたり過ぎると実が水っぽくなっちゃうらしいのです。

2、高校時代の先輩からのメールを読んでいたら、
  突然、昔もらった誕生日プレゼントのことを思い出した。
  道徳の教科書とゲロ袋のセットをもらったことがあるのです。

3、それをくれたのは同じ高校の1つ後輩の女の子。
  彼女が小学校時代に使っていた道徳の教科書1年~6年までの6冊と、
  飛行機に設置されているゲロ袋6枚をラッピングして、贈られました。
  あれは何だったのだろう・・・。思い出せない。

4、とても重要なのは、
  その女の子が大変キレイな子だったということです。
  これは深読みしちゃいます。でもどう意味付けしたらいいのか全く分からない。
  で、結局「ありがとう、へへ」で終わった記憶が。

5、それから10年くらい経って、
  都内で一度その子と会う機会があったのだけど、
  その時はトンパ文字の資料をもらった。

6、その後は音信不通。
  トンパの文章はしばらく部屋に貼ってました。
  道徳の本もどこかにしまってあるはず。

7、関係ないけど、
  道徳の教科書って、あらためて読むととてもおもしろいです。
 「これって悪いこと?」という事例がいくつも出ていて、
  なかなか考えさせられたり。

8、探して、じっくり勉強しなおそうかな。
  読破したら、今度は誰かにプレゼントする。
  そして、その人がまた「何故道徳の本を・・?」と悩んだくれたら、なんだか楽しい。

Posted by tekigi1969 at 09:59 | Comments [4] | Trackbacks [0]

2004年06月01日

●ナウル情報(2004年5月)その3

ナウル情報(2004年5月)その2」の続き。
(ナウル共和国って何?という方は、
 「ナウル共和国カテゴリー」からどうぞ)

唯一の資源だった燐鉄鉱の枯渇以来、
国籍ビジネス
マネーロンダリング
などダーティーな商売に手を染めてきたナウル。

米国の対テロ作戦でこれらの収入源は
ことごとく封じられてしまいました。

現在は
オーストラリアに向かうアフガン、イラクなどからの難民を
受け入れる代償としてお金を得ている状態ですが、
これもそろそろヤバそうな雰囲気です。

オーストラリア政府は国際世論の高まりを受け、
ナウルに収容されている避難民を
少しずつですが、正式に「難民」として認定しはじめました。

5月15日、
難民権利擁護活動家たちがナウルに向けヨットで出航しました。
彼らは「希望の小艇隊」。
残りの収容者全員の解放を求めるため、
6月20日の「世界難民の日」までにはナウルに上陸する。

ナウルは弁護士の時と同じようにビザ発給を拒否していますが、
オーストラリア政府は
さらに多くの収容者の難民認定をすると見られています。

いよいよ・・・という状況になってきたナウル。
しかし、わずか18しか議席のないナウル国会は相変わらず分裂したままのようです。

政府としての方針が決まらないまま、
大統領がアジアの不動産グループ「HCW」との協定に署名したり、
経済開発大臣が「ナウル政府はアメリカの投資銀行による再建計画に承認した」と発言したり。

彼らの迷走はまだ続くみたいです。

(2004年5月のナウル情報おしまい)

Posted by tekigi1969 at 08:48 | Comments [14] | Trackbacks [0]