2004年10月03日

●生きイチローの目を抜く

「生き馬の目を抜く」

考えてみると、とてつもない言葉ですよ。

辞書に載っている意味は、
生きている馬の目を抜き取るほど素早いということ
すばしこくずるいこと。油断ならないこと。
「生き牛の目を抜く」とも言うそうです。

ニュアンスは分かるけど、目を抜かなくてもいいんじゃないかな。
ヒヒーンとか言ってる馬のそばにそーっと近寄ってる様は
あんまりすばしこそうな感じはしない。
油断はならないけど。

「生きサラリーマンの財布を抜く」
「生きイチローを隠し球でアウトにする」

あたりで充分意味は通じると思います。
生きイチローを出し抜くのはかなりの抜け目のなさでしょう。
生きていないイチローなら何とでもなる。
いや、それでも難しいかな。イチローはすごいから。

そうか。
生き馬の目を抜く人ってのは抜け目はないのか。
だけど抜かれちゃった目はその後どうなるんだろう。

ネットで検索してみたら、
朝鮮語では
「目を開けていても鼻を引き抜かれてしまう世の中」という表現があるそうです。
「目をつぶると鼻を引き抜き食べてしまう世の中」なんてのも。

鼻は抜いて、食べちゃう。
こちらの方は使い道まで言及している分だけ丁寧だと思いました。


Posted by tekigi1969 at 2004年10月03日 14:53
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