2005年04月13日
●富山の薬売りの懸場帳
僕はクレジットカードで買物をするのが、いまだに苦手。できればずっと持ちたくないなぁと思っております。
でもクレジットのシステムはおもしろい。
以前、日本のクレジットの歴史について記事を書いたことがあるので、
その一部(ずっと昔のクレジット)をご紹介。
1、江戸時代に伊予(現在の愛媛県)の商人が行っていた「碗舟」。
彼らはまず九州で陶器を仕入れて、
春の潮の流れを利用して中国・近畿地方に船で渡って商売をした。
ところが、秋になると、風が変わる。
だから今度は紀州で買っておいた漆器類を、九州に戻って売りさばく。
この時に誕生したのが、「盆暮れ2回」の分割払い。
2、もうひとつの日本独自のクレジットシステムは、「富山の薬売り」。
最初はお金を受け取らずに「置き薬」として各家庭に配布する。
そうして1年ぐらいかけて全国を行脚し、
再び戻ってくると、使った分を補充して、その金額のみを請求するという方法。
これは「先用後利」と呼ばれる長期信用取引の一種。立派なクレジットです。
富山の薬商人がスゴイのは、
それぞれが懸場帳(かけばちょう)という顧客リストを持っていたこと。
このリストには全国各地の薬の需要、顧客の家族構成、健康状態などが記されていて、
地域のニーズに応じて商売をしていたようです。
エリアごとの情報交換も頻繁に行っていたのだとか。
近代に入るとこのデータの重要性にみんなが気づくようになって、
やがて懸場帳自体が取引の対象になっていったそうです。
これは完全に、現代のマーケティングビジネスと一緒。
まさに最先端。今で言えば、電通かな。
Posted by tekigi1969 at 2005年04月13日 09:24
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僕は「掛け売りお断り」が、いつから一般的になったのかに興味があります。「掛け売りお断り」がつまりはクレジット会社の誕生につながったわけですよね。リスクを一手に引き受けるという。
Posted by LSTY at 2005年04月14日 11:43
>LSTYさん
確かに、順序としてはその通りですね。
戦後まもなくはデパート等が掛売りをしていたようなので、
その後に何かがあったのかもしれません。
もしくは、
百貨店等が個別に引き受けていたリスクを
金融機関を通じて一手に引き受けるようになるまで、
20年くらいかかったという筋道なのかも。
はっきり答えられないので、おいおい調べておきます。
Posted by 適宜更新 at 2005年04月15日 09:14
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