2006年03月09日

●音楽界の栄西

1、演歌歌手の家に生まれ
  11歳で弟子入り。
  14歳でデビュー。

2、24歳でアメリカに渡って、
  ソウルにハマる。
  帰国後「ソウルっすよ」というものの
  相手にされず。演歌歌手として地道に暮らす。

3、47歳で再び渡米。
  かの地でジェイムス・ブラウンの薫陶を受け
  ソウルに完全に開眼。
  帰国後、ソウルミュージシャンとして
  ブームを巻き起こす。

4、演歌界の大御所から
  「演歌なのかソウルなのかどっちなのか」
  と言われ、
  「いや、演歌にもソウルはあるんです。ロックも最高です」
  と答えるものの、立場がまずくなってレコード会社移籍。

5、音楽業界の超大物が二日酔いに苦しんでいると聞いて
  「これ効きますよ」とお茶を送ったりして
  気に入られる。
  大物が新しく作ったレーベルの取締役に招聘。

6、新レーベルで
  「演歌、ロック、ソウルの融合」を展開。
  日本レコード大賞を受賞する。

7、えーと。
  これは、
  臨済宗の開祖・栄西をモデルにしたフィクションです。
  でも、プロフィールを読んでいると、
  こんな感じっぽい気がするなぁ。

栄西は
1141年、備中国(岡山県)吉備神社の神主の子として誕生。
11才で天台宗の寺に出家。14歳で得度。
1168年と1187年の二度、中国に渡って、禅を学ぶ。
帰国後、達磨太師伝来の禅宗「臨済宗」を開くが、
立場は天台宗の僧侶のまま。真言宗の印信も受ける。
他宗から排斥を受け、京都から鎌倉に移動。
1200年、 北条政子が建立した寿福寺の住職に招聘。
1202年、鎌倉幕府二代将軍・源頼家の庇護を受け、
 京都に建仁寺(禅・天台・真言兼学の寺)を建立。
三代将軍・源実朝にお茶と「喫茶養生記」を献上。
1213年、権僧正に栄進

Posted by tekigi1969 at 2006年03月09日 15:48
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