2006年06月15日

●インスタントコーヒーとあおろっく

1、僕の母親は
  インスタントコーヒーを飲む。
  コーヒーメーカーがあっても、あんまりつかわない。
  面倒だ、と本人はいうけど、
  きっとあの味に慣れちゃってるんだと思う。

2、たまに僕がいれることもある。
  そうすると、必ず
  「あんたがいれるとおいしい」と言い出す。
  んなわけないんだけど、
  かなり真剣にそう力説する。

3、10代の頃は
  「僕はこんな分量・手順にしているよ」と教えていた。
  でも、あんまり聞こうとしない。
  同じにしてもおいしくないんだろうな、と
  気づいたのは30代になってからでした。

4、こういうのって、何だかうれしい。
  でも、ペットボトルのお茶を注いでも
  「いつもより、おいしい。注ぎ方が違うのかね」
  と言い出すのは、どうかと思うよ、おかあちゃん。

5、関係ありませんが、
  7月29日(土)深夜24時から、
  渋谷の「青い部屋」で、イベントをやります。

6、フジロック当日なので、
  仮タイトルは「あおろっくふぇす」。
  苗場とはちがい、しっかりとした屋根付きです。
  でもライブがあるのは同じ。
  今のところ、
  Mazik Floorさん(サイト→http://mazikfloor.com/
  muzikBUGさん(サイト→http://yanagidaira.net/
  が出てくれそう。

7、詳しいことが決まったら、また告知します。
  苗場に行かない人は、ぜひこちらへ。

Posted by tekigi1969 at 2006年06月15日 16:50
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コメント

亡くなった母との会話を思い出してボロボロ泣きました。すでに遠い思い出になった我が母の言葉です。「息子がお茶(珈琲)を丁寧に淹れてくれるその心根がうれしいのだと…」「どんなに貧しい思いをしても、美味しいお茶を淹れて、ホッとすることが心の余裕を生むのだと・・・だからお茶には贅沢をしても良い」。そんなことをいつも話していました。

やわらかい口調で、やさしい笑顔で「はい、お茶」って差し出されたら、ささくれ立った気持ちも和みます。

母が亡くなって数ヵ月後、新茶の季節。お茶屋さんが「毎年奥様に新茶を注文してもらっていたんですけど、どうなさいますか?」と実家に電話があって、父はどうせ大した数でもなかろうと数も確認せず、「今年もお願いします」と答えたそうです。

1週間後、ダンボールいっぱいの新茶。50袋真空アルミパックのお茶。びっくりして、お茶屋さんに確認したら、毎年40件くらいにお茶を送っていたことが分かり、遠くの方には手紙を添えて、近所の一人暮らしのおばあちゃんたちにはお茶を淹れに出掛けていたのでした。何年も何年も…

それで父は母の葬儀に720人を超える参列者があったことを理解しました。

我が家は特別裕福な家庭であったわけではありません。お茶を送ったり、お茶を淹れに近所を訪ね歩いたりという行為は決して施しではなく、もてなしの心であったと思います。その心根に母の矜持を感じたのです。

盂蘭盆会の夜、近所のお爺ちゃん、おばあちゃんたちが、お線香をあげにきてくれて「いつもお茶を淹れにきてくれてねぇ、あれが楽しかったと」父と親戚や息子たちはお茶を飲みながら、号泣しました。少ししよっぱい味になりましたが…。

お茶を淹れてくれる…、その行為がうれしい。母が教えてくれたもてなしの心。ありがとうをきちんという母でした。母の命日、お墓にはあふれんばかりの花が飾られます。お茶もたくさん淹れてあるんです、朝早くから…家庭を持って、忙しい毎日でもお茶を丁寧に淹れあう夫婦になれたことを感謝しています。思い出したらまたボロボロ泣けました。

Posted by 桃太郎侍(美味礼賛) at 2006年06月17日 05:04

>桃太郎侍(美味礼賛)さま
 かっこいいお母さまだったんですね。
 僕もマネをするのは難しいけど、
 ちょっとした気づかいとか、やさしさの
 一部分だけでも
 受け継いでいけたらな、と思っています。
 

Posted by 適宜更新 at 2006年06月17日 16:28
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