2006年11月15日

●大人なのにできない

口笛が吹けない。フーセンガムをふくらませられない。指を鳴らすのがヘタ。昔っからそうなのだけど、僕はいまだにこれらができません。口笛は吸うときには音がでるけど、吹くのはダメ。ブーとかそんな風になる。子どものころには、これがわりとオオゴトで、ちょっと悩んだ。でも「コンプレックス」というほど重いものじゃなく、もっと規模の小さい感じ。言葉にすると、コンプックとかコプックスとかそのくらいのレベルです。ダイソーとかで売ってそうですね、コプックス。話がそれちゃうけど、僕は「アイデンティティ」という単語も大仰な気がして、あんまりピンとこない。自分が持っているのはたぶんアイティティ程度じゃないかなと思っています。だから本格的なアイデンティティの持ち主と口論はあんまりしたくない。アイティティでは、きっと勝てない。それはさておき、口笛、フーセンガムなど。「まあ、大人になったらできるだろ」と思っていたんだけど、自然にできるようにはならず、そのまま来ちゃいました。

自然にはできないのだから、誰かに教えてもらうしかありません。37年ちょいの人生で、たぶん修得するチャンスは数回ぐらいあったと思う。ちょっとした会話の流れで、「そういえばフーセンガムってどうやってふくらますの?」と聞いたことがあります。ところが、これがちっとも分からない。口のなかで風船状にして、ふくらますのだといわれても、僕にはできない。口笛も指鳴らしも同じような感覚に陥る。教えてくれているひとがマジメなタイプだと、こっちのあまりのできなさにイライラしちゃうみたい。それが申し訳なくって、「ま、いいか」とあきらめちゃいました。

想像なんだけど、これは自転車(二輪)に乗れる・乗れないという状態に似ているのかもしれません。僕は自転車に乗れるけど、乗れない人に「こうすればいいよ」とは伝えられない。巨人軍終身名誉監督の長嶋さんが選手に「ひゅーっときたのを、ばーんと打て」なんて打撃指導したという笑い話があるけど、僕も似たような感じになりそう。くるくるっと回して、ハンドルできゅっだ、とか、なんとか。でも世の中は広い。教えるのがとても上手な人がいて、打撃でも自転車でも修得までのノウハウを図解していたりする。「できる」だけじゃなく「教えられる」ってのは、違う才能が必要なのかもしれないなあと思います。フーセンガムでもそういう人がいるのかしら。僕はめぐり合わなかったけど、みな、小さいころにどこかで会っているのかも。その人は、なんとなくハーメルンの笛吹き男というか、妖怪的な存在のような気もする。

でも、まあ今さらフーセンガムがふくらんでも、口笛を覚えても、そんなにおもしろくない気もします。それよりも「どうして口笛が吹けないのか」を理解して、そっち方向に教えられるひとを目指すのがいいかもしれない。今まで簡単に吹けちゃっていたひとが、「あれ?ホントだ。鳴らないや」と不思議がるような口の使い方ノウハウを確立して、伝える。意味があるのかといわれたら、きっとないけど、それができたら、僕のつまらんアイティティもアイデンティくらいにはなるんじゃないだろうか。

 

Posted by tekigi1969 at 2006年11月15日 10:57
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