2007年01月28日

●洗剤とのつきあいかた

1、食器洗い洗剤との付き合い方って、ひとによってけっこう違う。大まかに、2つのタイプがいると思う。1つめは、洗剤をたっぷりつかって泡をたくさん出すひと。僕はこれ。2つめは逆で、洗剤は少なくして、基本的に水で洗い流す感じで洗うひと。僕の身のまわりを見る限り、わりに前者は男性、後者は女性が多い気がする。

2、以前は「洗剤はけっこう高価なものだから、炊事に慣れている女性は節約してつかうクセがついているのかな」と思っていたんだけど、どうもこの仮説は違うっぽい。経済観念うんぬんではなく、わりに「清潔とは何か」という個人的な感覚の違いが、この差を生み出すみたいです。

3、うんと極端にいうと、前者は「洗剤をつかえばきれいになる」と考える。気持ちとしては、殺菌をしているような感覚なのじゃないかしらん。食べ物の残りかすは、悪い細菌を繁殖させるエサになっちゃうから、それを根こそぎ退治するイメージ。後者は、洗剤がお皿に残るということを嫌がっているような気がします。アレは確かに食べ物じゃないから、つかい過ぎて皿に残ったりするのを「汚れる」と感じるのかな、と思う。もしくは、それを全部水で洗い流すことの面倒くささを嫌うのかも。

4、こういうのは、たぶん、どっちが正しいという問題じゃないんだと思う。理屈上の「清潔」を推し進めると、「殺菌した足をつっこんだ味噌汁」とかを認めなくちゃいけない。「いま、鍋にツバをいれちゃったけど、100度以上で熱しているから平気だよ」なんて言われても困る。まあ、こういうことをする人は少ないだろうけど、いくら殺菌されていても、やっぱりこれは「清潔」とはいいたくない。だから清潔ってのは、一種の信仰みたいなものなのだと思う。

5、こないだアラブ地域に詳しい某さんに聞いた話。あちらでは、肉をきれいにするために、中性洗剤とか石鹸でゴシゴシ洗うのだそうです。僕の感覚では「うえっ」となるけど、彼らにしてみれば「肉をそのまま調理するなんて不潔だ」と思うんでしょうね。大切なお客様なら、なおのことゴシゴシしちゃうのだとか。

6、でも、他人のツバでも、食べかけでも平気だったりすることがあって、それは自分の子どもだったり、大好きな人だったりするとき。こういうのは、ほとんど気にならない。っていうか、むしろ全然アリだと思ったりする。たぶん、普通なら「不潔」だと思うことを「不潔じゃない」と振る舞うことで、親愛の気持ちを自己確認できるんじゃないかと思います。

7、これが突き進むと、スカトロとか、アブノーマルな性欲の世界まで開かれたりするのかもしれませんが、そのへんはあんまりよく知りません。でも、きっと、愛さえあれば、ひき肉を洗剤で洗うことぐらいは僕にもできるんじゃないかしらん。あんまり自信は、ないけれど。

Posted by tekigi1969 at 2007年01月28日 18:44
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