2007年05月27日

●Mくんのこと

Mくんはぼくの高校の1つ後輩で、おなじ天体観測部に所属していました。ぼくの次に部長をやった子でもあります。つい先日まで、兵庫県の西はりま天文台の特別研究員をやっていました。先週、連絡があって、自宅で突然体調を崩し、5月22日未明に急逝したそうです。 24日の葬儀にいってきました。

天体観測部では太陽黒点の数なんかを毎日数えたりしていたんだけど、いちばんのメイン活動は毎月1回おこなわれる「徹夜観測」でした。新月前後の土曜の夜、学校に泊まって、朝まで星を観測するのです。とはいえそこは高校生。せっかくみんなが集まって一晩中一緒にいられるのに、ただ、おとなしく望遠鏡を覗いているわけがない。ビールとかこっそり隠しておいて飲んでみたり、タバコをちょろっとくわえたり。あのころは、顧問の先生も寝たふりをして、わりに見逃してくれる時代だったんだなあ、と今にして思います。あれこれしたあと、最後は朝までぼーっと話をするのが常でした。

狭い部室内は先に寝てしまった部員ですでにいっぱい。だから、ぼくらは、校舎の屋上にシュラフを並べて、横になる。Mくんは話好きで、僕もそうだから、みんなが寝てしまったあとも、夜が明けるまでいつも話しこんでいました。内容はどんどん変わる。気になる女子の話と、学校でウワサになっている怪談話と、宇宙に生物はいるのか、なんて話が同じノリで続く。あのころのぼくは怪しげなオカルト本が好きだったから、インチキなUFO話もよくしました。ちょうど1986年で、76年に一度、ハレー彗星が地球に接近する年でした。でも、あの年は予想よりも遠くて、望遠鏡を覗いても目では見えない。事前に計算しておいた方角に望遠鏡を向け、カメラをセットして、数分間露光してようやく写るくらい。撮影中に動いたり、笑ったりして、先輩に怒られたこともありました。

彼はその後、京都大学理学部、東京大学大学院と進んで、三鷹の国立天文台を経て、兵庫県の西はりま天文台に勤めるようになりました。ホントに、天文学者になっちゃった。ぼくにもときどき連絡をくれて「こないだの彗星みました?うちの天文台でも観測しましたよ」とか「こないだ天文台に『宇宙人だ』と名乗る怪しいひとから電話があったんですよ、古田先輩そういう話好きでしょ」とか教えてくれた。彼の結婚式にも呼んでもらって、そのときに母校の先生と再会して、母校で授業をやらせてもらったり、飛騨市で講義をすることにもなったのです。だから彼がいなかったら、出会えていない人って、けっこういる。

彼は学生時代から、天文学がほんとうに好きでした。「宇宙って、もう、どうしようかと思うくらい、むちゃむちゃでっかいんです。すごいんです」ということを、数字を挙げたり、しっくりくる比喩を探したりして、熱く語っていました。何とかして、そのすごさを伝えたい、と思っていたんじゃないかな。彼は、学問と観測、天文台での活動を通じて、それをずっと続けていた気がします。ライターという仕事にも似たところがあります。「すごいよね」「おもしろいよね」という漠然としたもやもやを、たくさんに人に分かってもらえるような言葉に直す。ぼくにはまだ遠い目標だけど、その気持ちはたぶん同じようなものなんだと思っています。もっと、こういうことをきちんと話せたらよかったな。

上手くまとまらないので、最後に兵庫県立西はりま天文台公園ホームページ内にあるMくんのサイトをリンクしておきます。(→こちら)あと、国立天文台が編纂した理科年表に掲載されている彗星のスペクトル(→こちら)は、彼と仲間が観測したものだそうです。御興味ありましたら、見て下さい。宇宙とか、ホントに、すごいんですから。ぼくはMくんが大好きでした。 彼と一緒に過ごす時間を持てたことは、一生の財産です。ありがとう。
Posted by tekigi1969 at 2007年05月27日 16:57
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