2007年06月29日

●季節の記憶

ぼくはけっこう理屈っぽいところがあって、でもそういうのはあんまりカッコイイことじゃないとも思っているから、できるだけサラッとした話し方、書き方を心がけているつもりなんだけど、それでもたまに「ぼくは実は理屈っぽいんだよ」とカミングアウト気分でいってみると、たいがい「知ってるよ」と返されてしまう。ということは、たぶん、そういうぼくの傾向は隠しようもなく現れてしまっているみたいで、それはすごく悔しいことなんだけど、だからといって、38年こうしてきたモノをいまさらどうすることもきっとできないだろうから、これから先もこんな調子でたぶん生きていくんだと思います。ところで、ちょっと前に知り合いになったIくんに保坂和志「季節の記憶」という小説を勧められました。この小説中の人物もなかなかに理屈っぽい。文体もそれにあわせてなのか、かなりもってまわってて、しかもセンテンスが冗長な感じがするほど長くて、勧めてくれたのがIくんでなかったら、もしかしたら、すぐに投げてしまっていたかもしれないんだけど、Iくんの小説の好みはぼくとかなり一致していることがわかっていたから、「きっと大丈夫だ」と読み進めていったら、ほんとうに大丈夫でした。いや、ただ大丈夫だっただけじゃなくて、おもしろかった。すごく。ペースさえつかめば、最後までつらつららと読めてしまう。たぶん、「理屈ってのはただの方便のひとつで、筋道の正しさうんぬんよりも、聞いていて心地よいかどうかでしか判断されないことの方が多いわよね」とか、そんな感じのことを作者さんが思っているからじゃないのかな。違うかな。ぼくはそう思ってるんですよ。理屈ったって、上手く行っても、ただ正しいだけなんだし。でも、理屈ぐらいしか言うべきことが見当たらないときも多いし、もってまわってあれこれ言いつつ、ああでもない、こうでもない、なんてな調子で、どこにもたどり着かずにグルグルしているのも、心地いいし。ぼくはこういう雰囲気、とても好きです。それにしても、この作品は、最初から最後までホントに何にもおこらない。そういうの、ひさしぶりに読みました。それで、それなりのボリュームがあるから、後半ドキドキしていたら、最後の最後の2行で、きっちりまとまってしまうのでした。これが、すっげえ気持ちよかった。教えてくれた、Iくん、ありがとう。

ちなみに、これ読み終わって、いまは町田康「告白」読んでます。まだ途中だけど、これまたおもしろい。

 

Posted by tekigi1969 at 2007年06月29日 13:58
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