2008年06月21日

●のらくらがいいよ

1、大学時代の知人とお茶をした。彼はさいきん会社を辞めたらしい。理由は「会社が遠くなったから」。こういう人って好きだ。正しいかどうかは分かんないけど、そんなもんだよねと思う。少なくとも、コンつめ過ぎて抜き差しならなくなるのは、なるのも見るのもツライ。そんな風になるくらいだったら、適当にサボったり、いっそ逃げちゃった方がいい。別の友だちの大学受験。名古屋から京都まで出かけて、前日ホテルに一泊してたのに、なぜか試験会場に行かずに一浪した。「なんで?」「寝坊してさ、駅までいったらギリギリ間に合うバスが出ちゃったんだよ」「それでも手はあるじゃん」「うん。タクシーがあって、それに乗ってる受験生もいたねえ」「でも、そうしなかったんだ」「いや、なんかさ」「うん」「そこまで必死になるのもなあ、と思ってさあ」「わはは」「んで、ホテル帰っちゃった」「うはは」。

2、お茶をした知人は、「悪い意味で真剣な人は困っちゃうよね」なんて言い方もしていた。うん。ぼくも、そう思う。マジメにやらなくちゃいけないこともあるだろうけど、それはそれとして、もっとのらくらしててもいいんじゃないか。なんとなくのイメージなんだけど、社会がしっかりしてくると、法律だとか契約とか、やるべきことが整備されて、”責任の所在”ってのがどんどん明確になって、逃げ場が少なくなっていく感じがする。それは論理としてはきっと正しい。だけど、ホントの意味での”責任”なんてそうカンタンにとれるものじゃないし、いくら責任に”重い””軽い”があるといったって、どっちみちベストを尽くしてみる以上のことなんて、できやしない。それに、ルール上の責任のとりかた(賠償とか代償とか)と、感情的な責任のとりかた(罪悪感とか怒りとか)ってのは、どういうわけか一致しないから、マジメに考えてしまうと、けっこうたいへんなことになる。とくにルールを真に受けてしまって、気持ちのシコリが残ると、理屈では解決できなくなってしまう。こんなものは、ある程度距離をおいて付き合うくらいにとどめて、あんまり本気にしないほうがいいんじゃないかなあ。のらりくらりとかわさないとやれんですよ、きっと。

3、ちょっと話がズレるのかもしれないけど、あまりにも大きすぎる”責任”ってのは、ひとじゃないモノに転嫁するのがいちばんじゃないかと、ぼくは思う。例えば、大きなお金が動く仕事。あるひとが「この企画はゼッタイに売れる。私の直感がそう言っている」と宣言して、それを信じたクライアントさんが何十億というお金を出した。ところが、全然売れずに、失敗した。こうなると、誰にも責任はとれない。形としては、契約にしたがって賠償が発生したり、誰かが左遷されたりするんだろうけど、企画屋さん・クライアントさん双方に損害と罪悪感は残る。こういうときに「最新のマーケティングを実施したら、売れる確率が非常に高いと出た」と宣言すると、心理的な責任のかなりの部分をマーケティングの「理論」のせいにできる。もちろん、こういう理論は具体的な成功確率を高めるためにつかうんだろうけど、実際には、こういう”責任回避ツール”としての便利さが受けているんじゃないのかな。ずっと前に、このBLOGにかいた「妖怪」ってのも、かつてはそういうツールの一種だった気もする。(参考→「妖怪がいたらよかった」)

4、ズレついでに、地上波でのプロ野球中継を見ていて思うこと。ちかごろの野球中継では、ゲストとして、放映中のドラマの出演者だとか、新曲を発表したばかりのミュージシャンだとかがよく出てくる。あれは視聴率アップのためというのもあるんだろうけど、でも実際には「●●さんがゲストで出る」というだけで、視聴率がグンと上がるほど甘いものじゃないはず。あれは、そういうことよりも、番組制作にお金を出してくれているスポンサーさんに対して「視聴率を上げるための努力をしていますよ」というエクスキューズをするというイミの方が強いんじゃないだろうか。スポーツの場合は、おもしろい試合になるかどうかなんて、やってみなくちゃ分からない。テレビ局はスポンサーさんに「視聴率○%の予定です」と約束をして契約を交わすらしいんだけど、実際にその数字に到達できなくても、返金はしない習慣なのだとか。だから、いろいろな演出を考えたり、視聴率の取れそうなタレントさんをどこかに出したりして、努力の跡を、見せなくちゃいけないんじゃないだろうか。この辺はテレビが批判される部分でもあるんだけど、巨大なお金や責任が発生する仕組みのなかで「ベストを尽くしました」となんとか言い張るために出てくる、ひとつの現象のような気がするのです。単なる邪推だったらごめんなさい。でも、けっこうそんな感じじゃないかと思うなあ。

5、なんか話が大きくなりすぎちゃったかもしれない。でも、みんなが権利やら義務をきっちり主張して、ルールがどんどん厳密に整備される方向はきっと変わらない。少しずつ、ざっくりとはいかない感じになっていけば、そのへんを上手く回避するための妖怪的なモノ・理論・ヘリクツも、増えていくんじゃないだろうか。そう思うと、いつでも余力を残してのらくらしておくのは、けっこう合理的な処世術だといえるのかもしれない。いや、分かんないけど。

Posted by tekigi1969 at 2008年06月21日 16:19
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コメント

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