2009年02月09日

●どっちの視点にたつかは

1、こないだ気づいたこと。
  ぼくはどうやら、
  「ミクロな視点」(自分がどうとか、友だちがこうとか)
  と
  「マクロな視点」(社会的にみると、とか、歴史的には、とか)
  を、自分の都合だけで、つかいわけているみたい。

2、「オレの書いた本が売れない」
  ってときには、
  出版不況のせい(マクロ)にするけど、
  「オレの書いた本が売れた」
  なんてときには、
  自分やらまわりの編集さんの能力・努力のおかげ(ミクロ)だと感じる。
  (↑下のは経験ないけど、ゼッタイそうなる)

3、たぶん、麻雀とかパチンコやってるときと同じなのだ。
  どっちの視点も重要なのに、
  都合のいい方に理由を求めちゃうのだ。

4、確変はいったときこそ、
  ツキだと思って、
  親マン振ったときこそ、
  自分の読みと捨て牌を振り返る。
  おおお。人生訓っぽい。
  でも、なかなかそんなこたあ、できない。

5、だから、せめて、できるだけ、
  この辺をイシキしておきたい。
  自分がいま
 「身のまわりではこうだから、全体的にもそうだ」
  とこだわっているのは、
  もしかして、マクロで見るのを怖がっているせいかもしれない。
  詳しくはそのうち考えるにしても、
  ひとまず、そう自覚するように心がけたい。

6、我ながら、ひどいなあ、と思うのは、
  証明しようのない、ちょうマクロ視点を
  「もしかして、そうかも」と信じそうになるとき。
  大事件うんぬん、歴史かんぬん、戦争ぬんぬんで、
  「すべては●●の陰謀」とか
  「××という組織は腐ってる」とか
  いうたぐいの説明を
  つい、うっかり、受け入れたくなるときがある。

7、そんなショッカーみたいな団体は、そうはいない。
  腐っても鯛は鯛だ。
  たいがいのことは、
  程度やら感覚の違いはあっても、
  何らかの理由があって、起こっている。
  それが理由で、評価はそのあとでいい。
  でも、
  自分の評価・感情に都合がよくって、
  便利だと、こういう言説にすら、つい、すがりたくなる。

8、インターネットだと、
  自分で選んだ記事しか読まないから
  よけいに気をつけなくちゃなあ、と思いました。
  もしかしたら
  新聞やら、雑誌、電車の吊り広告ってのは、
  「読みたくもない記事が目に入る」っていう意味で、
  けっこう大切なのかもしんない。

Posted by tekigi1969 at 2009年02月09日 17:35
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