2011年03月20日

●(地震後日記)3月13日

(3月20日に思い出しながら、書きました。)

1、ぼくはだいたい毎朝ツイッターに「おはようございまんじゅう」とつぶやいている。じつをいうとこれはアナグラムになっていて”manjuu”を並べ替えると”munaju”。これはフランス語で、というのはウソで、意味はございません。ただのあいさつ。それで、この日もそうしようと思ったんだけど、でも、なんとなく書けなかった。よく分からないほのかな罪悪感のせいです。まあ、たぶん誰にも気づかれないささいなことなのだけど、こういう「自粛」はよくないなあ、とあとで反省しました。無事だったひとは、いつものように平穏な日常を続けたらいいはず。胸をはって足をあげてワンツー堂々、楽しんだらいいのです。それが被災した方々のためにもなる。だから「まんじゅう」というべきでした。それなのにぼくは「まんじゅう」を言えなかった。コーヒー片手にそんなことを思っていたら、防災無線が鳴って津波注意報がようやく解除されました。大津波警報→津波警報→津波注意報という具合に逆出席魚のように変わっていくことを、今回はじめて知りました。

2、ネット上では、さまざまな動きが出ていました。漫画家さんが被災した方々を勇気づけるイラストを書いたり、安否を含めたさまざまな情報をまとめたサイト(例えば「Googleの地震災害情報まとめページ」)が立ち上がったり、被災地で役立つサービス、電子書籍やアプリが無料になったり。NHKは知らないうちにネットでも同時配信されるようになっていて、しかも見たい番組がなくなってしまった子どものためのyoutubeチャンネル(→こちら)までできていた。海外に住んでいる知人の日本人は必要な情報を多言語に翻訳するボランティアチームをつくっていて、「すごいぜ、この国は」とやたらと感激。ついでに、ふだんはあんまり応援したことのない米軍のオペレーション”トモダチ”にさえ頼もしさを感じていました。たぶん、そうとうの興奮状態だったんだと思います。でも、自覚はちっともなく、本人は冷静なつもりで「日常に戻らなくちゃいけない!」とやたらと考えていました。日常って、そんなふうにコブシふりあげて営むものじゃないっすよね。

3、庭に出たら、お隣さんからのおすそわけ。桃の枝が置いてありました。そうそう。日常って、たとえばこういうことです。
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4、夜になって、おにぎりを食べていたら、テレビで「計画停電」についての記者会見が始まりました。首都圏対象エリアを5つのグループに分け、時間を予告したうえで停電するらしい。これで大規模停電が防げるのなら、我が家にとっては、お安い御用。「ガマンする準備はできているぜ」と相変わらずチカラ入りすぎたまま、詳しい情報を得ようとネットをチェックしたのだけど、どうにも要領をえない。アクセスが集中した東京電力サイトは重く、ほかのところに掲載されている資料をみても、自分の住むところがどのグループになるのか分からない。一瞬イラッとして、余計なグチを口にしそうになったのだけど、奥さんに「電車で出勤するわけじゃないんだし、まあ、なんとかなるよ」といわれて、ちょっと落ち着きました。

5、テレビからはほぼすべての番組が消えていました。朝から晩まで地震と津波、被災地、そして原発。AC(公共広告機構)のCMに抗議が来ているという時期をみたのも、たぶんこのころ。ぼくもちょっと辟易したけれど、子供たちが親と手をつないでいるヤツだけは、好きです。とくに両手でオトナの手をつかもうと笑っている小さな子がかわいい。

Posted by tekigi1969 at 2011年03月20日 14:53
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コメント

あの子供には癒されますよね。。

Posted by Anonymous at 2011年03月20日 20:44
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