2011年04月04日

●(地震後日記)3月22日

(4月4日に思い出しながら、書きました。)

1、地震から11日。連休明けで、電車の込み具合はたいへんなものだったらしい。今回の地震による津波の大きさが、少しずつ明らかになっていく。原発事故も収束しない。「予断」くんはいまだにみなに「許さない」といわれ続け、ときには「あらゆる予断は排除する」だなんて、まるで勘当された放蕩息子のように行き場がなくなっている。それはそれでもいいんだけど、リラックスするときくらいは「油断」と脳内に大書したい。ココロの居酒屋に張り出したいと思う。

2、メールが届いて「やっほー」と声が出た。文面にあったリンクからデータをダウンロードして、中身を確認。イラスト。期待通りのいい感じ。これがそろえば本ができる。iPhone&iPadアプリにするため、さっそくデータ変換作業を依頼しました。4月には、ぼくがやっている電子書籍のインディーレーベルカナカナ書房から、短編小説集「タウンライツ HIVを巡るぼくらのストーリー」(藤丸心太著・藤本晃司挿絵)というブックアプリのカタチで出せると思います。どうか、ご期待ください。→タウンライツ予告ページ。午後には、地震前に納品した新書原稿が校了したというメールも来た。

3、仕事が進んで喜んでいたら、緊急地震速報。最初の速報値はけっこうな規模だったけど、実際にはそれほど大きなものじゃなかった。今回の地震で震度計が壊れてしまったところがあるみたい。それで震源・震度の予測がときどきズレるらしい。関係者の方々はそのへん補正しながらきっと運用しているんだと思う。もはやけっこう当たり前のようにつかっているけど、とてつもなく巨大なシステムなんだろうなあ。すごい。これを機会にもっと進化して欲しい。

4、我が家でつかう電力量を減らすとしたら30A→20A契約になっちゃうんだけど、不安なのはパソコンのデータ。消えちゃったらかなり困る。そのへんをツイッタに書きこんでみたら、「ブレーカーを分ける」という話を聞いた。なーるほど。許容量を越えたら、落ちちゃこまるベースの部分(パソコンとか冷蔵庫とか)は生かしたまま、他だけ落とすような配電にする手があるのかあ。それでふと思ったのは、ブレーカーのこと。ぼくが小学生だった時分は、ブレーカーってけっこう落ちるものだった気がする。いつの間にか、そういうことがなくなった。設定に余裕を持たせたことで、もしかして、ズルズル使い過ぎて、「電力需要」が増えていたんじゃないだろうか。もし、いま各家庭が「ちょっと使い過ぎると落ちる」くらいのギリギリのアンペア設定で契約したら、大規模停電じゃなく「うちだけ停電」で済んで、けっこうな電力を節電できたりするんじゃないかしらん。

5、NHKがお昼に映画「ヘアスプレー」を放映したらしい。たまたまだろうけど、あえてこのプログラムにしたのならすごいな。いっそジョン・トラボルタでなく、ディヴァインのにしたらもっとよかったのに。午後4時前に電気が消えた。計画停電。プロ野球セ・リーグが開幕時期をめぐってもめている。いま関東でナイターをやるのは反対だけど、こんなときにラジオからドラゴンズの試合が流れてきたらいいのになとは思う。ナイターは東海より西、デーゲームは関東とか、なんとか割り振れないものかな。放映権料なんて、このさい6チームで均等に割ったらいいのだ。たしかMLBはそうじゃなかったっけ。

6、7時前に明かりが戻った。実家から冬野菜がまたもやどっさり届いている。奥さん実家だけでなく、去年からはぼくの実家も菜園借りたのだ。だからこの冬は野菜の量がハンパない。ご近所さんにおすそわけしながら、今宵ももりもりいただきました。

Posted by tekigi1969 at 17:59 | Comments [0] | Trackbacks [0]

2011年04月01日

●(地震後日記)3月21日

(4月1日に思い出しながら、書きました。)

1、布団で寝るのは、やっぱり気持ちいい。春分の日だけど、横須賀は朝からけっこう激しい雨。庭に植えた三浦ダイコンに花が咲いてしまっている。茎もさっとゆでるとおいしいんだけど、足元がぬかるんでいるので収穫はあきらめてひとまずスルー。印刷会社の知り合いが地震前から話していたUsteamをつかった電子書籍企画についてツイートしていた。「どうしよう」「どうなるんだろう」と多くのひとが思っているときに、こういうふうに実際に「やるよ」と行動したり、「やろうぜ」と旗を振るのはすごくいいと思う。ぼくも振らなくちゃ。40代ってのはもしかしたらそういう動きをするべき年代なのかもしれない。

2、地震から10日。雨が降ると空中を浮遊している物質が地上に落ちてくる。ニュースで各地の放射線量、原発付近の風向きを報じるようになっていて、現実がAKIRAみたくなってきた。ヤンマガの連載でこのマンガを読んでいたときぼくは中学生だったけど、いまは40代。もう金田にはなれない。でも、みんながモヒカンにしてスーツに鋲を打ちはじめたら、馬で出勤するオトナにはなりたいな。あ、これは大友克洋さんじゃなくて、武論尊&原哲夫さんか。

3、「きょうも計画停電なくなったってね」とご近所さん。「防災無線聞こえたから、大丈夫よ」と知らせに来てくれたのでした。ついでに回覧板も持っていってくれた。なんかちょっと申し訳なかったけど、せっかくなので甘えちゃうことに。

4、午後、原発から黒煙とのニュース。テレビもネットも「日本」という単語があふれている。「3・11」という表現も出てきた。ぼくは「9・11」以降のあの国がいっぺんに愛国的雰囲気に包まれたのがイマイチピンときていなかったのだけど、それが今回、すごくリアルに納得できた。この10日間の自分の感情の変遷は、あのとき、あの国のひとたちが感じていたものにすごく似ているのだと思う。被災地・原発事故の現場で活躍する方々へと敬意と、なにもできない自分への失望、非協力的な言動への反発。極端に振れる感情のなかで、「まとまり」「大きなチカラ」を感じさせる象徴的な言葉に吸い寄せられていくんじゃないだろうか。

5、だったら「うつくしま、ふくしま!」ともいい続けておきたい。発電所の名前をいまさら変えることはできないんだろうけど、チェルノうんちゃらとかスリーマイルかんちゃらと並べられることで、地震から立ち直ったときの「福島」という言葉の意味が決定的に損なわれるようなことになっては欲しくない。うつくしま、ふくしま!

Posted by tekigi1969 at 08:23 | Comments [2] | Trackbacks [0]