2011年10月30日

●ぼくのみた胴上げ(その2)


前回のエントリーの続き)

1、関東に引っ越してからドラファンになった理由はいくつかあります。「遠くにありて」的な故郷贔屓もありそう。でも、いちばんのきっかけは04年の日本シリーズ。何気なくテレビで観た荒木・井端の二遊間の連携、外野を守るアレックス・英智の美技にやられた。守備がカッコイイんですよ。守っているときにワクワクするのは初めてでした。シリーズが終わるころには、ぼくも奥さんも自然に中日を応援するようになっていた。そして、このベンチにもあのひとがいました。選手でなく監督としての落合博満さん。

2、それからちょくちょくドラゴンズの試合をチェックするようになりました。21世紀になって、プロ野球は「いつでもタダでテレビで見られるもの」ではなくなった。しかも関東だから、中日ドラゴンズの試合なんて地上波ではめったに見れない。聞けない。でも、日が暮れるとAMラジオの電波はあんがい遠くまで届くんです。横浜でも、ラジオのアンテナを延長すれば、夜7時すぎから雑音混じりの東海ラジオを聞くことができました。

3、3度目の胴上げは06年の東京ドーム。10月10日で、ぼくは初めて観客としてその場にいました。チケットを取ったのはたしか前日。「関東で優勝が決まるかもしれない」なんてめったにあることじゃない。前夜の勝利が確定的になったときにダメ元でネットから確認したら、なんと内野自由席がまだ残っていて、しかも割引料金!20世紀なら東京ドームの巨人最終戦の割引席が残ってるなんてありえなかったんじゃないだろか。そういう意味では、21世紀のプロ野球も悪いばっかりじゃないっす。勢い込んで奥さんと出かけて、3塁側のドラファンたちとメガホンふって、バンザイをしました。試合は延長の末の劇的な勝ち越し。インタビューで落合監督は涙声でした。ぼくは4時間以上の熱戦の間じゅう飲んでいたビールとワインでベロベロで、そこいらじゅうのひととハイタッチしていたのを覚えています。

4、それで今年。4回目の胴上げは、横浜スタジアムの一塁側(ホーム側)からでした。もっとドラゴンズファンが混じっているかなと思ったんだけど、まわりはだいたい地元のベイスターズファン。派手な応援はできないけど、でも、その分いつもよりマジメにしっかり試合が見れました。

5、ブランコの同点3ランが出たのは6回表。敵側応援席で思わず「やった!」と立ち上がってしまったんだけど、周囲のあちこちに同じような仲間を発見。じつはけっこういたらしい。それまではみんなベイファンの方々の邪魔にならないように、おとなしくしてたんじゃないかな。見つけた彼らと握手を交わして、そこからは「すみません。ドラファンです。おじゃましております」という顔で、声援を送りながらみました。

6、いつだって優勝の瞬間はあんまり覚えてません。記憶に残るのは、いつもそのちょっと前のことです。最後の打者が2ストライクからファウルを打った直後。最後の攻撃で得点圏にランナーを置いて好打者が打席にゆっくり向かっている瞬間。来るべき瞬間を目前にしたときにできる、ちょっとした「間」。このときスタジアム全体からわきあがる、渦のような低いどよめき。ごおお、というか、どおおお、という音と空気。その振動がいつも必ず耳に残る。

7、これまでぼくが居合わせたすべての胴上げのグラウンドには落合博満さんがいた。今季限りで退団する監督の優勝インタビューの締めは「これからも選手たちを応援してあげてくださいね」。この「ね」のトーンはヤバかった。思わずうるっときたのはナイショです。隣のベイスターズファンのお姉さんから「おめでとう!」といわれた。こういうのってうれしい。負けるときも、ああいう笑顔でいられるファンでいたい。

8、これから先も、ふとした瞬間にあのどよめきを思い出す気がする。同じ気持ちをまた味わいたくて、またスタジアムにいくんだと思う。もしかしたら、好きなチームの優勝胴上げを生で見るチャンスがまたあるかもしれない。でも、そこにあのひとがいないというのは、まだちょっと上手く想像できないです。

9、いまはとにかくドラゴンズにCSを突破して、日本シリーズも制して欲しい。もう一度だけ、テレビでいいから、胴上げされる中日・落合監督をみたいな。


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2011年10月19日

●ぼくのみた胴上げ(その1)


1、昨日は横浜スタジアムにいって、落合監督の胴上げをこの目で目撃してきました。18日はベイスターズの地元最終戦で、外野自由席は無料開放。ぼくは、その前のジャイアンツ戦で優勝は決まるだろうと思っていたので、最初は「お祝いがてら、外野自由席にいってみようかなあ」とかのんびり考えていたんです。ところがまさかの3連敗で、慌ててコンビニに行ってチケットをチェック。ビジター側はあっというまに売り切れたけど、一塁側内野席はまだあった。「買っちゃえ!」とベイ側応援の方々にまじって、奥さんと観戦してきたのでした。

2、はじめて胴上げを生でみたのは、たぶん88年のシーズンです。大学生だったぼくは、この年ちょうどナゴヤ球場(ドームはまだなかった)内野席で売り子のアルバイトをしていて、ドラゴンズの優勝を目撃しました。4番はロッテからトレードで移籍していた落合選手で、チャンスで彼が打席に立っているときにうかつに立っていると「座れ!」「売り子、邪魔だ!」といわれてしまう。だから「三冠落合広角打法~♪」という応援歌が聞こえてきたら、売り子も通路に座ったほうがよかった。

3、二度目の胴上げ目撃は94年の10.8決戦。同じくナゴヤ球場でおこなわれた中日対巨人の一戦は「勝ったほうが優勝」という、球史に残る一戦でした。長嶋監督は「国民的行事」ともいってましたね。じつをいうと、当時のぼくはドラファンでなく巨人ファンだったんです。友だちの家でテレビ観戦していたら、FAで移籍した4番・落合選手のホームランで巨人が先制。いてもたってもいられなくなったぼくらは、クルマでナゴヤ球場に押しかけちゃいました。

4、もちろんチケットは売り切れ完売だから、入れるわけもない。でもぼくらと同じように「少しでも近くでこの一戦に関わりたい」と思うひとたちが集まっていました。球場のまわりには、いくつもの集まりができていて、巨人/中日それぞれの応援歌をスタジアムに向かって熱唱している。誰が運んだのか、でっかい発電機を備えてテレビを囲んでいる集団もいました。みんなスタジアムのコンクリートの壁の向こうに気持ちを届けようとしている。あちらからは、ときどきものすごい歓声やため息が聞こえてくる。でも見えない。

5、どうしようか、とまわりを見渡すと球場近くのマンション屋上に人影が見えました。「あそこにいってみよう」と非常階段を駆け上がると、屋上の入り口は鍵がかけられていました。でもその上に人が集まっている気配はある。誰かのラジオから試合の様子も聞こえている。「どうやってあがったんですかあ?」と声をかけてみたら、ドラゴンズのユニフォームを着た二人がこっちを覗き込んで「階段の手すりの上に乗ってくれたら、ロープに届くよ。こっちからも引っ張りあげるから」といってくれた。怖いとか思うまもなく、勢いで登る。そこからはグラウンドが一望できる。試合はちょうど9回裏で、やがて長嶋監督の胴上げを見ることができました。

6、巨人ファンとしてはうれしくって仕方なかったんだけど、でもまわりはドラファンだらけだから、喜べない。みながっかりしているし、引っ張り上げてくれたひとにも申し訳なくて、残念そうな表情を一生懸命つくって帰りました。それが二回目の胴上げです。

7、その翌年にぼくはライター業をはじめるため、関東に引っ越しました。名古屋から離れて10年経ってみたら、なぜだろう。故郷のチームを応援するようになっていた。そして、そのドラゴンズを指揮していたのは選手じゃなくなっていた落合監督でした。

(もうちょっと書きたいけど、続きは後日)


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2011年10月16日

●湘南電書鼎談、第4回配信やります

1、10月17日(月)17時30分ごろから、第4回湘南電書鼎談をUSTREAM配信します。横浜の居酒屋個室に陣取って、wi-fiが届く限り、いま話題のEPUB3、iCloudのこと、ぼくらが手がける電書/冊子づくりの実態などなどを、グビグビ語る所存です。

2、この湘南電書鼎談というのは、印刷業界の面々とぼくが今年5月にはじめた集まりです。彼らもぼくも電書(電子書籍)の登場で、これまで住んできた世界が大きく変わる可能性がある。でも「変わるねえ」なんていつまでのぼんやり観察してるのはつまんない。そんなのウンコだ。むしろいい具合に「変える」ぐらいでいきたい。てなわけで定期的に集まって、USTREAM配信をしながら、業種関係なしにいろいろ話したり、実際に電書をつくったり、冊子にしたりと活動を始めた次第です。今回の配信は古田アダム有さん、アサガヤデンショ&電書部EPUB班の小嶋さん、ぼくの三人編成でおこなう予定です。

3、電波が届くのか、じつは現地に行ってみないと分からないのですが、問題なかったら実行します。ダメだったら横浜市内ウロチョロ歩き配信になるかも。もしよかったら、ソーシャルストリームで参加してやってくださいね。

 
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 ここから視聴できます。または→こちら

4、ちなみに第1回配信の内容は文字にまとめた「第1回湘南電書鼎談」として、EPUB、PDF、POD冊子、iOSアプリになってます。(→こんな感じ)印刷屋さん、プログラマ、デザイナー、イラストレーター、ライターがそろえばできちゃうみたいです。

5、なおiOSアプリ版は、14日から「iPhone4S発売記念!電書読もうよキャンペーン」として85円でDLできるようになってます。無料の試し読みもできるので、iPhone&iPadユーザーの方はこの機会にiOSアプリ「みんなの本屋さん」をインストールしてみてください。このセールは10月31日までです。ぜひ宜しくお願いします!
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 カナカナ書房の「タウンライツ」もここに並んでますよ。


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2011年10月15日

●コンテンツ。好きな言葉じゃないけれど


1、今年になって、少しずつではあるけれど電書(電子書籍)の売上げが振り込まれるようになりました。紙の単行本では何度も印税契約をしたけれど、ほとんどが「売上に応じて」ではなく、初版や重版で「印刷した分」を振り込むスタイルだったんです。しかも重版なんて滅多にないから、たいていは初版時に受け取るだけで終わる。だから、現実的には「原稿料」とあんまり変わらなかったのです。

2、もちろん、単行本が重版になったときはその都度印税が振りこまれます。とはいえ、何十年も売れ続けるロングセラーでも出さなければ、数回くらいまでで終わっちゃう。だから電書になってはじめて、1つの本から何度も印税が入ってくる状態を経験することになりました。金額はまだぜんぜん小さいけども、けっこう感覚は変わる。

3、ちなみに紙の単行本の印税が「売れる前に支払う」スタイルだったのは、「取次」さんという出版社に先にお金を払ってくれる存在があったからです。その代わり、返品された本は、出版社が取次さんから後で買わなくちゃいけない仕組みでした。でも電書には、そういう金融機関的なことをやってくれる存在が(まだ?)いません。

4、だから電書では、誰かがDLして、そのお金が分配されるまで、製作者側に手取りはない。ぼくの場合は、定期的にDL数を報告してもらって、それに応じた金額を振り込んでもらうカタチにしています。たぶん、いまはこのスタイルが一般的だと思う。だから、すごく「印税」っぽい感じになる。

5、でもこれは自分がやった仕事が最終的にいくらになるかを、出版社だけでなく、書き手や描き手、デザイナ手もある程度予測しなくちゃいけないということでもあります。「50万円で受注したから1ヶ月かけて仕上げよう」といった判断もできないから、各自見通しをたてて判断することになる。いまの言葉でいえば「リスクを引き受ける」ってやつですね。

6、「リスク」って言葉は怖いんだけど、このリスクは電書になって突然生まれたわけではたぶんない。いままで出版社にまるごと押し付けていたものが、拡散しただけだと思う。「自分はそんなのいらないから誰か引き受けてよー」という対応もアリかもしれないけど、ぼくはしばらくある程度のリスクを負担してみたい。その方がおもしろいことができるんじゃないかな、という気がするのでした。

7、例えばぼくはいま個人でAppStoreに何冊か本を出してる(著書が2冊、共著が1冊、編集として関わったものが1冊)んだけど、これらはたぶん後日アンドロイドに移植したり、Kindleにも並べるつもりです。海外からも買えるんだから、多言語で読めるような電書もつくりたい。場合によっては、ここから紙の単行本にするものも出したい。そんなことは2年前まで考えたこともなかった。1週間作業して数百円にしかならないこともある。でも楽しいし、数百円で終わらせないようにする道はいくらもある。

8、なんていうか、自分がやってきた商売は「コンテンツビジネスだったのだねえ」と16年目にして、初めて実感しているのかもしれないです。


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2011年10月13日

●じっくり「取り組む」という読み方


1、いまやっている仕事の資料にしようと手にとった本がすげかった。

 

2、これ、学習意欲のある中高生向けの一般書なのです。
  しかも「入門だからこのくらいでいいや」という気配は微塵もない。
  本気で、徹底的に、書かれている。
  ネイピア数、虚数、円周率が何なのかピンとこない人でも、
  この1冊だけで、他の本を参照することなく、理解できるという代物です。

3、たぶんこれを読み通せば、高等数学の入り口が
  きちんと分かるんだと思います。
 「分かった気になる」んじゃなくて、「分かる」。
  それを目指し、実際にカタチにするのは、ものすごいことだと思います。

4、そんなようなことを先日SNSでつぶやいたら、
  同じ吉田先生の著書「虚数の情緒」も「名著です」と教えていただきました。

 

5、タイトルもそそりますが、内容もたしかにすごそうです。
  松岡正剛さんの解説記事→こちら   を読んで、うひゃあとなりました。
  これはすげい。分厚そうだけど、欲しい。じっくり取り組みたい。

6、本当の「本」って、こういうモノをいうのかもしれない。
  ちょっと打ちのめされました。


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2011年10月12日

●「Blogと目次」charged particleを読んで


こないだ書いた「あたいのからだを通りすぎていったフローたち」を読んで
@arithさんがこんな記事を書いてくださいました。
Blogと目次」charged particle
というわけで、この記事を読んで考えたことを、ばらばらっと書きます。

1、先日の記事でぼくはSNSのつぶやきはフローだから、BLOGを簡易ストック場所にしたいと書いた。何気なく「簡易」としたのは、ぼくもやっぱりBLOGはストック場所としては微妙だなあと思っているからだと思う。「BLOGと目次」に指摘されているように、目次やインデックス、タグをつけないとあとで引っ張り出せなくなる。もっと言っちゃえば、インデックスで管理しても、訪問したひとが使うことはめったにない。単なる自己満足で終わることも多い。

2、てか改めて考えてみると、twitterに慣れるまで、ぼくはBLOGを「管理しやすいけど、いままでのサイトと違ってどんどん流れさってしまう性質のもの」と考えていたんじゃなかったっけ。ようするに、かなりフローなヤツだと考えていた。どうしても読んでほしい記事があるなら、従来のいわゆるホームページ(トップページがあって、コンテンツへのリンクがあってというスタイルのサイト)の方が便利。訪問してくれた人に「これを読んで欲しい」と誘導しやすいし、「ストック」的な使いかたもしやすい。

3、でも、一昨年くらいから急激に日本でもユーザーが増えたtwitterは、BLOGよりも数段フローなヤツだった。これは書く側よりも、読む側にとって快適な仕組みだったんだと思う。興味のあるフォローを増やしてやれば、どんどん新しい情報が流れてくるし、イチイチコメントする必要もない。facebook、mixi、google+では「いいね」のような足あとっぽいリアクションもできる。その反動で、BLOGがみょうにもっさりした存在にみえるようになった。いまぼくがBLOGをみるのは、おもに「twitterのリンク先」として。気になるtweetの詳細を知ろうと、飛ぶことが多い。

4、だから、ぼくはBLOGをただの「ストック」にはしたくない。「すぐにポストペット化できるノート」のようにつかえたらいいなあ、と思う。ストックとしての機能は、目次・インデックスで管理する。でもこれは読んでくださる方のためというよりも、ぼくの都合という面が強い。読者に届けるためには、たぶんポストペットのようにフロー化できたほうがいい。断片化させやすいカタチでストックするということです。できれば必要に応じて、ストックを取り崩し、フロー化させたい。いちばん簡単なのは「短縮URLや引用をつぶやく」ことだけど、それだけじゃなくて、いろいろやりようはあるんじゃないかな。どでしょ。

5、ぼくがこのBLOGを2004年から「1、2、3、4」と箇条書きにするスタイルで書いてきたのは、このポストイット化への布石だったんです。

6、↑これは嘘です。こじつけ。あとづけっす。

7、でも300字以内で区切った方が、ウェブでは読みやすいだろうと思っていたのはホントですよ。いやマジで。


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2011年10月11日

●「タウンライツ」「第1回湘南電書鼎談」目次

先日のエントリーで紹介したカナカナ書房9月の新刊2冊の目次です。
記事中に書けばよかったんだけど、
うっかりしてたので、改めてご紹介。

 短編小説集「タウンライツ HIVを巡るぼくらのストーリー」目次

 ・地球を僕の手の上に
 ・トンネル
 ・百合のある部屋
 ・祝日
 ・REstory
 ・コンプライアンス/アドヒアランス
 ・公園
 ・仕事場
 ・ブランコをこいだ日
 ・桜の記憶
 ・病室
 ・Living Together
  あとがき
  参考にしたサイト・文献

 「第1回湘南電書鼎談」目次

 ・はじめに
 ・3月11日の震災と印刷
  津波と液状化、そして火災が印刷を襲った
  輪転機は急に止まれない、ホットメルトはメルトできない
  電子書籍のマネタイズ
  ウェブは無料の世界、電子書籍は?
  データにお金を払う文化
  バリアブル型の電子書籍
 ・出版の現状とこれまでの電子書籍・ガラケー
  紙にインキで印刷された本をめぐる出版の現状
  日本が”電子書籍先進国”だったころ
 ・印刷業者にとっての電子書籍
  これまでの組版を知る者が感じる「こりゃダメだ」感
  印刷業者と電子書籍
  POD(プリントオンデマンド)少部数印刷という潮流
 ・これまでのこと・これからのこと
  出版のリスクと電書のリスク
  ウェブをつかったマネタイズ
 「東京」という地方
  本の中身に関わる、ということ
 ・追記
 ・おまけコラム「印刷屋アメリカへ行く:IT業界訪問日記」

試し読み・ご購入は
無料のiPhone/iPadアプリ「みんなの本屋さん」からお願いします。
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2011年10月10日

●あたいのからだを通りすぎていったフローたち


1、今年の夏くらいだったと思う。約1週間ほどのあいだこのBLOGが消えていました。レンタルサーバ代金の振り込みを忘れたのです。ギリギリ気づいたので幸い復帰できたけど、危ないところでした。まあパソコンのHDと同じで、いざ消えちゃたら「仕方ないや」とわりとあっさりあきらめた気もするけど、そのくらい「ブログ」というものが縁遠くなってしまっていたのも事実です。

2、この一件で改めて「ブログ」というものの位置づけ・使い方を考えちゃいました。サーバ代払って維持する必要があるのかどうか。一般的な風潮としてはブログは過去のものになりつつある気もします。でも「これからどうなる」的な予測は置いといて、ぼくがどう位置づけてつかうか決めようと思ったのです。

3、いまのぼくはウェブ上に何かを書こうとするときにtwitterやfacebookなんかのSNSをつかいます。かつてはこのブログに書いていたようなモノも、ほとんどあっちに書いている。何しろ手軽。ただSNSには文字数の制限があるので、その「モノ」はかなり限定され、断片になってしまう。考えをまとめる前に、思いつきの断片をつぶやいて済ますことも多い。バラバラな分だけ即座に書けるし、即座に反応もしてもらえるけれど、バラバラな分だけすぐに流れていく。文字通りの「フロー」な感じです。フローなつぶやきをやりとりするようになって、ブログはストックかもしれないと思うようになりました。

4、例えていえば、誰かが書いた数百字くらいエッセイ原稿があって、その中身がまるごとドンと置いてあるのがブログ。twitterのようなSNSは、その内容をポストイットに書きだして、バラバラにして、あちこちに貼り出しているようなイメージ。

5、ポストイットのやりとりはすごく手軽で、楽しい。でも見つけた1枚のポストイットを何かの断片に見立てて、そこから自分なりに考えた全体像をストックしておく場が欲しい。数枚の紙片を組合わせて、独自のものをつくったりもしたい。(たぶん「ライター」「編集」という仕事の本質は、これだと思う)そのための簡易ストック場所を確保するため、このブログを存続させてみることにしました。

6、正直いうと、どうなるかは分かんないです。やっぱり面倒くさいからと放置しちゃう気もする。でもポストイットのやりとりにある程度手馴れてきたいまだからこそ、自分のアタマをつかってそれを編集し、ストックしていく作業をする時間を確保したほうがいいとは、わりと本気で思っています。

7、てか、ケータイ持つことで他人の電話番号を記憶できなくなっちゃったようなマネはあんまりしなくない。アウトソーシングはできるだけ意識的にやりたい。

8、あたいのからだを通りすぎていったフロー情報たちに、知らんぷりなんてさせないわ。目にモノ見せてやらなくちゃなのよ。

9、そんな気分なのです。


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2011年10月08日

●「第1回湘南電書鼎談」出ました!

昨日に引き続きカナカナ書房9月の新刊のご紹介。

2冊目は「第1回湘南電書鼎談」です。

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この本は電書(電子な書籍)について語り倒した今年5月の2時間に渡る会話記録+おまけコラムで構成されています。語っているのは今井孝治さん、勝田俊弘さん、古田アダム有さんとぼく。ぼく以外の3人はみな「印刷」の世界に関わっている方々です。

電書のメリットについて語るとき、よく印刷する必要がなく、倉庫もトラックでの物流もいらないからコストが小さくなるといわれます。ということは印刷に関わる彼らは電書の普及で仕事を減らす、ということになっちゃいます。
「いや違う」という意見もあります。
日本語の文章には、他の言語にはない複雑で面倒なルールがたくさんあります。ルビの付け方、文字間のバランス、どれも微妙な調整をしたうえで「読みやすい」ものに仕上げてきたのです。こういう工程を「組版」というのですが、彼らはこの分野を担ってきた歴史があるのです。日本語の電書を誰にとっても読みやすい「本」にするためには、このノウハウを見逃す手はありまえん。(ぼく個人としては、印刷業界が持つノウハウが電書に生かされることをきっかけにして、日本語のWEB全体の組版が向上したらいいなあ、と思っています。これは予想というより希望ですね。そうなって欲しい)
この本では、そんなぼくらが「電書」について語っています。

もうひとつ、この本にはテーマがあります。3月11日に起こった地震です。 じつはこの鼎談メンバーは11日の夜、都内に集まる予定でした。ところが、あの揺れと停電、交通機関の麻痺で中止になってしまいました。印刷という業種は、大規模な「工業」でもあります。この地震は彼らに、そしてフリーランスのライターであるぼくにも、それなりのダメージを与えました。そのことについても語っています。

いまでも不思議だなと思うのは、3月から4月にかけてぼくらをおおっていた「電書どころじゃないね」という気分が、どこかの段階で「いや、いまだからこそ話そう。やろう」という確信に変ったことです。あれはなんだったんだろう。
その変化は奇妙なくらい前向きで、力強いものでした。その結果、鼎談を毎回USTREAMで配信し、内容をぼくが文字おこし&構成して、手分けして電書・冊子化するという流れが生まれたのです。

あ、あと、おまけコラムについて。これは鼎談メンバーである古田アダム有さんが、アメリカのIT企業をまわった時のルポです。もともとは有さんのブログに掲載されたものですが、おもしろかったので、再録させていただきました。

もし「読んでみようかな」とご興味を持ってくださった方は、
iPhone/iPadの無料アプリ「みんなの本屋さん」から、購入できます。
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要領は、昨日のエントリーでご紹介した「タウンライツ」と同じです。
アプリ(無料)をインストール後、
アプリ内のアドオンで無料で試し読み、気に入っていただけたら購入という感じです。

なお湘南電書鼎談では、活動を通じて生まれるコンテンツをいろんな形式の電書・冊子にしています。
こちら(湘南電書鼎談の刊行物)に書いてあるとおり、
この「第一回湘南電書鼎談」も1つのコンテンツが電書だけでもPDF、EPUB、アプリとあって、もちろんPOD(プリントオンデマンド)印刷の冊子にもなっています。
これからの本は、多彩な読み方がされていくのだと思います。ぼくらにどんなことができるのかまだ分からないけど、いまできることはアレコレ試してみようという、これもその一環です。

もしよろしかったら湘南電書鼎談の今後の活動にも注目してやってください。
あ、もちろん、アプリも冊子も買っていただけたらうれしいです。
(複数の形式で購入すれば、
 「読み味」を比較するなんていうマニアックなこともできちゃいますよ)

「第1回湘南電書鼎談」目次

 ・はじめに
 ・3月11日の震災と印刷
  津波と液状化、そして火災が印刷を襲った
  輪転機は急に止まれない、ホットメルトはメルトできない
  電子書籍のマネタイズ
  ウェブは無料の世界、電子書籍は?
  データにお金を払う文化
  バリアブル型の電子書籍
 ・出版の現状とこれまでの電子書籍・ガラケー
  紙にインキで印刷された本をめぐる出版の現状
  日本が”電子書籍先進国”だったころ
 ・印刷業者にとっての電子書籍
  これまでの組版を知る者が感じる「こりゃダメだ」感
  印刷業者と電子書籍
  POD(プリントオンデマンド)少部数印刷という潮流
 ・これまでのこと・これからのこと>
  出版のリスクと電書のリスク
  ウェブをつかったマネタイズ
 「東京」という地方
  本の中身に関わる、ということ
 ・追記
 ・おまけコラム「印刷屋アメリカへ行く:IT業界訪問日記」


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2011年10月07日

●「タウンライツ」「第1回湘南電書鼎談」出ました!

ぼくがやってる電書のインディーレーベルカナカナ書房が、
新しい本を2冊出しました!

とりあえず1冊目を紹介します。
「タウンライツ HIVを巡るぼくらのストーリー」という短編小説集です。

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著者の藤丸心太さんはグルメ、まんが評論、ゲイ、HIVについて執筆するライターさん。
去年の文学フリマに彼が出品していた短編小説を読んだのがきっかけで、今回のアプリが誕生しました。じつはカナカナ書房を始めた時から「創作モノを出したい」「ぼくではない若い書き手さんの本もつくりたい」と考えていて、このHIVをテーマにした短編小説集を読んですぐに「これだ!」とtwitter経由でお願いしたのです。

この小説には、HIVウイルスを身近に感じながら生きていく生活が静かに丁寧に描かれています。おもな登場人物はいわゆるゲイと呼ばれるひとたちです。ぼくはこの作品を読んで、こうした感情と生活がごく近くにあるんだ、ということをすごくスムーズに地続きに感じることができました。
それはたぶん「小説」という形式だったからと、藤丸さんが「伝えたい」と真摯にテーマに向きあおうとしているからだと思っています。

表紙・イラスト・デザイン手がけてくださった藤本晃司さんは藤丸さんの知人のグラフィックデザイナー・イラストレーター。電書は初挑戦だったそうですが、すごく雰囲気のあるデザインに仕上げてくれました。いろんな絵柄が描ける方なので、他の絵でも登場してもらいたいなあと思っています。

ぼくは今回全体を管理する「編集」をしたのですが、「自分が本棚に並べたいと思うような本」が出せた、と自負しています。著者になるのとはまた違ったうれしさですね。

もし「読んでみようかな」とご興味を持ってくださった方は、
iPhone/iPadの無料アプリ「みんなの本屋さん」でご購入いただければうれしいです。
このアプリ(無料)をインストール後、アプリ内のアドオンで購入する仕組みです。
もちろん、その前に無料で試し読みもできますよ。

カナカナ書房のiPhone/iPad向けブックアプリは、今後しばらくはこのアプリ内で販売することになると思います。iPhone・iPadユーザーの方はぜひ、この機会にインストールしてみてください。

ちなみに「タウンライツ」に収録されている小説は新宿2丁目にあるコミュニティセンターaktaが発行するマンスリーペーパーに連載されているものがベースになっています。連載はいまも継続ちゅうなので、よろしかったらこちらもぜひ。続編の電書も出せたらいいなとも思っています。

ちょっと長くなっちゃったので、
もう一冊の新刊「第一回湘南電書鼎談」については、また改めてエントリーします。

適宜、宜しくお願い致します。



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