2012年11月15日

●CROWDパブリッシングとかいってみる


1、来年年明け、電書についてのセミナーで電子雑誌トルタルの制作について話すことになった。TEDの見過ぎかもしれないんだけど、こういう時はできるだけ内容をシンプルした方がよいと思う。せっかくの機会なので「こういうやり方です」といえる言葉を見つけたいなと思って考えてみた。ぼくらがやってるコレ、ってなんだろう。

2、トルタルは、離れたところで暮らすメンバーがほとんど顔を合わせずに作っているのがたぶん最大の特徴。そもそもFacebook投稿がきっかけで始まったから、みんなSNSをつかい慣れている。編集部はFacebookグループ。個人間の連絡や議論はTwitterやらFacebookメッセージ、ごくたまにメール。最終的にできあがったものをDropboxに放り込んで、でもこれだとURLが長い&DL数が管理できないので、bitlyで短縮して、TwitterとFacebookで配布するカタチにしている。

 20120115.JPG
 最初の投稿。このときの「いいね!」が編集部の母体。

3、こう考えると「ソーシャルパブリッシング」とかいえそうだけど、この言葉は色んな意味でつかわれているみたいで、ちょっと微妙。そもそも「ソーシャルうんぬん」って何だかイマサラな感じもする。

4、スケジュール管理・進行状況はGoogleドキュメントにEXELみたいな一覧表をつくって共有。文章もGoogleドキュメントに上げる。こうすると赤入れやら校閲作業がやりやすい。確定した素材はSkydriveに放り込んで、これも共有。データサイズを調整する人、加工ができる人が適宜取り出して、直して戻す。それらをHTMLにして、Github上でEPUB化。この辺はプログラムの分かる人がやって、ぼくは最後の校正、各端末を持っている人がチェックをする。この制作上のやりとりはサイボウズLIVEつかっている。

5、無料のデータ共有サービスをつかいまくっているから「CLOUDパブリッシング」とかもいえそう。てか、それならいっそ「CROWD」の方がいいな。群集。トルタルのコアメンバーは20数名くらいだけど、ちょっとずつ手伝ってくれている人、たまにふらっと登場して軌道修正してくれる人、今後に備えて素材を準備してくれている人などなどを加えるとたぶん60人くらいが関わっている。だから、CROWD。ついでにいうと、そういう人たちが散開戦術みたいに自在に動けたらいいなあ、とも思う。スピアウトとか別冊とかもそう。

6、というわけで、CROWDパブリッシング。四文字熟語だったら散開出版。いまの候補。とりあえず。「綴り、違ってるよ」といわれそうだけど、少し間が抜けてるくらいがちょうどいい気がする。

<電子雑誌トルタル最新号、3号はこちら(無料)>
 torutaru3ss.jpg
ダウンロードURL→トルタル3号
EPUB3読み方ガイド→「トルタルの読み方」
トルタルバックナンバー→カナカナ書房の電書一覧
NAVERまとめ(New!)→電子雑誌トルタルまとめ




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2011年10月12日

●「Blogと目次」charged particleを読んで


こないだ書いた「あたいのからだを通りすぎていったフローたち」を読んで
@arithさんがこんな記事を書いてくださいました。
Blogと目次」charged particle
というわけで、この記事を読んで考えたことを、ばらばらっと書きます。

1、先日の記事でぼくはSNSのつぶやきはフローだから、BLOGを簡易ストック場所にしたいと書いた。何気なく「簡易」としたのは、ぼくもやっぱりBLOGはストック場所としては微妙だなあと思っているからだと思う。「BLOGと目次」に指摘されているように、目次やインデックス、タグをつけないとあとで引っ張り出せなくなる。もっと言っちゃえば、インデックスで管理しても、訪問したひとが使うことはめったにない。単なる自己満足で終わることも多い。

2、てか改めて考えてみると、twitterに慣れるまで、ぼくはBLOGを「管理しやすいけど、いままでのサイトと違ってどんどん流れさってしまう性質のもの」と考えていたんじゃなかったっけ。ようするに、かなりフローなヤツだと考えていた。どうしても読んでほしい記事があるなら、従来のいわゆるホームページ(トップページがあって、コンテンツへのリンクがあってというスタイルのサイト)の方が便利。訪問してくれた人に「これを読んで欲しい」と誘導しやすいし、「ストック」的な使いかたもしやすい。

3、でも、一昨年くらいから急激に日本でもユーザーが増えたtwitterは、BLOGよりも数段フローなヤツだった。これは書く側よりも、読む側にとって快適な仕組みだったんだと思う。興味のあるフォローを増やしてやれば、どんどん新しい情報が流れてくるし、イチイチコメントする必要もない。facebook、mixi、google+では「いいね」のような足あとっぽいリアクションもできる。その反動で、BLOGがみょうにもっさりした存在にみえるようになった。いまぼくがBLOGをみるのは、おもに「twitterのリンク先」として。気になるtweetの詳細を知ろうと、飛ぶことが多い。

4、だから、ぼくはBLOGをただの「ストック」にはしたくない。「すぐにポストペット化できるノート」のようにつかえたらいいなあ、と思う。ストックとしての機能は、目次・インデックスで管理する。でもこれは読んでくださる方のためというよりも、ぼくの都合という面が強い。読者に届けるためには、たぶんポストペットのようにフロー化できたほうがいい。断片化させやすいカタチでストックするということです。できれば必要に応じて、ストックを取り崩し、フロー化させたい。いちばん簡単なのは「短縮URLや引用をつぶやく」ことだけど、それだけじゃなくて、いろいろやりようはあるんじゃないかな。どでしょ。

5、ぼくがこのBLOGを2004年から「1、2、3、4」と箇条書きにするスタイルで書いてきたのは、このポストイット化への布石だったんです。

6、↑これは嘘です。こじつけ。あとづけっす。

7、でも300字以内で区切った方が、ウェブでは読みやすいだろうと思っていたのはホントですよ。いやマジで。


Posted by tekigi1969 at 15:50 | Comments [0] | Trackbacks [0]

2009年05月25日

●ホメているけど、傷つけている

1、凍み大根と書いて、しみだいこんと読む。
  豪雪地帯の保存食で、
  ダイコンを寒空で干して、つくるらしい。
  煮物にするとすごくおいしいんだけど、
  そういう方面からは、ちょっとズレたことを書きます。

2、「凍み大根おいしいですね」
  と、その地方のひとにいうと
  「いやいや」と、困ったような顔をされることがある。
  もちろん、そうでない場合も多い。
  でも、戸惑ったような、
  もしかすると、ちょっと怒ったような表情をみることがあって、
  あの感じに、すごく興味があるのです。
  「いやいや、ホントにおいしいですよ」
  とこちらの二度目を言わせない空気が漂う。
  そういうときの、
  不思議な笑顔についてちょっと考えているのでした。

3、謙遜も混じってるかもしれないけれど、
  それ以上に、
  野菜不足になる冬の期間をしのぐための、
  ”たかが”保存食を
  おいしいといわれることへの
  びみょうなハズカシさがあるんじゃないかしらん。

4、ちょっと極端な例え話。
  マクラを買えない貧乏な家のおかあさんが、
  子どものために新聞紙を丸めたモノをつくったとして、
  それが、のちに
  「吸湿性バツグンで首の負担も少ない田舎の手づくりマクラ」
  として注目されて、大ヒットしたとしたら、どうだろう。
  たぶん、そのおかあさんは
  すごくびみょうな気持ちになると思う。

5、この新聞紙マクラがすごく売れたら、と考えるとちょっと怖い。
  子どもは貧乏じゃなくなるわけで、
  買った人もうれしいし、
  功利的にみれば、かなりwin-winではある。
  誰かに「よかったですね」といわれたら、
  おかあさんは笑うような気がする。ひとまず。

6、でも、ニコニコしながら、静かに
  傷ついて
  怒って
  いるような気がしてならない。
  もしかしたら、本人もそのことに気づかないで。

7、単なる気にしすぎならいいんだけどさ。

8、でも、
  「凍み大根おいしいですね」
  「いやあ、そんなこと」
  と真顔でいわれたときに、ぼくが感じる緊張は、
  こういう傷つき方が
  あちこちで日常的に起こっているせいのような気がするのでした。
  無意識のうちに知っているから、そう思うんじゃないかしらん。

9、対応策は分かんないけど、
  とりあえず、
  この違和感があることだけは
  忘れないようにしておこうと
  そんなことを思っているのでした。
  分かりづらかったら、ごめんなさい。

Posted by tekigi1969 at 17:19 | Comments [0] | Trackbacks [0]

2009年02月09日

●どっちの視点にたつかは

1、こないだ気づいたこと。
  ぼくはどうやら、
  「ミクロな視点」(自分がどうとか、友だちがこうとか)
  と
  「マクロな視点」(社会的にみると、とか、歴史的には、とか)
  を、自分の都合だけで、つかいわけているみたい。

2、「オレの書いた本が売れない」
  ってときには、
  出版不況のせい(マクロ)にするけど、
  「オレの書いた本が売れた」
  なんてときには、
  自分やらまわりの編集さんの能力・努力のおかげ(ミクロ)だと感じる。
  (↑下のは経験ないけど、ゼッタイそうなる)

3、たぶん、麻雀とかパチンコやってるときと同じなのだ。
  どっちの視点も重要なのに、
  都合のいい方に理由を求めちゃうのだ。

4、確変はいったときこそ、
  ツキだと思って、
  親マン振ったときこそ、
  自分の読みと捨て牌を振り返る。
  おおお。人生訓っぽい。
  でも、なかなかそんなこたあ、できない。

5、だから、せめて、できるだけ、
  この辺をイシキしておきたい。
  自分がいま
 「身のまわりではこうだから、全体的にもそうだ」
  とこだわっているのは、
  もしかして、マクロで見るのを怖がっているせいかもしれない。
  詳しくはそのうち考えるにしても、
  ひとまず、そう自覚するように心がけたい。

6、我ながら、ひどいなあ、と思うのは、
  証明しようのない、ちょうマクロ視点を
  「もしかして、そうかも」と信じそうになるとき。
  大事件うんぬん、歴史かんぬん、戦争ぬんぬんで、
  「すべては●●の陰謀」とか
  「××という組織は腐ってる」とか
  いうたぐいの説明を
  つい、うっかり、受け入れたくなるときがある。

7、そんなショッカーみたいな団体は、そうはいない。
  腐っても鯛は鯛だ。
  たいがいのことは、
  程度やら感覚の違いはあっても、
  何らかの理由があって、起こっている。
  それが理由で、評価はそのあとでいい。
  でも、
  自分の評価・感情に都合がよくって、
  便利だと、こういう言説にすら、つい、すがりたくなる。

8、インターネットだと、
  自分で選んだ記事しか読まないから
  よけいに気をつけなくちゃなあ、と思いました。
  もしかしたら
  新聞やら、雑誌、電車の吊り広告ってのは、
  「読みたくもない記事が目に入る」っていう意味で、
  けっこう大切なのかもしんない。

Posted by tekigi1969 at 17:35 | Comments [0] | Trackbacks [0]

2008年12月14日

●最近はそういう風

むかし、コンビニでバイトをしていたとき
同じシフトになっていた大学生の女の子が
「きょうは生理で調子が悪いから
 迷惑かけたらごめんなさい」
とニコニコ話してきた。

けっこうびっくりしたんだけど、
最近はそういう風なのかしらん
とも思って、
「りょうかい」なんて返事をした。

それと、なんでか、
そういう風に話してくれるその子にちょっと好感をもった。

こないだ、友だちの女の子とお酒を飲んでいて、
ぼくは、ナニカの話に熱心になっていた。
そしたらその子は、
話をとちゅうで切ってごめんなさい、という表情になった。
ああ、と思ったら、すっくと立ち上がって
「ちょっとウンコしてくるね」
すたすたトイレに歩いていった。

このときも、
ぼくは何だか、そのひとに猛烈な好感を抱いたのでした。

なんでかは上手くいえないけど
分かってくれるひとは、けっこういるんじゃないだろか。

それにしても、
これはさすがに
「最近はみんなこういう風」ってわけじゃないと思う。

Posted by tekigi1969 at 17:25 | Comments [0] | Trackbacks [0]

2008年12月02日

●くくるべき

1、「こんな原稿すぐにできるわい」
  と
  タカをくくっていたら、意外に苦戦。
  「こいつはハラをくくってかからないとマズイ」
  なんて
  慌てるハメになる。なんてことは多い。いまもそう。

2、ここから分かる教訓は、
  おなじ「くくる」でも、
  タカとハラだとずいぶん違うなあ、ということだ。
  クビだと、ちょいとおっかない。

3、いや、ちがう。
  分かるのは、
  ちゃんとゆとりをもって
  仕事をした方がいいよ、ということのほうだ。
  そういう風に考えるべき。

4、それにしても
  「べき」って言葉は、おとなっぽい代物だと思う。
  口に出してなんて、なかなかいえない。
  会議室とかスナックで飛び交う、おとなの語尾。

5、でも真っ昼間の安居酒屋さんで
  社会とかの問題について飛び交う「べき」は、
  違う意味でのおとな語になる。
  抜き差しならないのは同じだけど、真剣さの味がちっとも違う。
  「オレにいわせりゃ」をツマミに、グビグビ聞きたい。いいたい。
  でも仕事します。

Posted by tekigi1969 at 18:20 | Comments [0] | Trackbacks [0]

2008年11月18日

●メジャーにいくか、大リーグにするか

1、大リーグとメジャーリーグは
  なんだか別の場所のような気がすると
  こないだ書いたんだけど、
  あれから、あっち側へ移籍しそうな選手があれこれでてきました。

2、我らがドラゴンズの川上憲伸投手。
  動画を観たところ、
  彼が憧れていたのは、メジャーリーグみたい。

 

3、ジャイアンツの上原浩治投手は、
  いまのところ、文書でのコメントのみ。
  いくつかの記事をみたところ、
  彼が行きたいのは、どうやら「大リーグ」のようです。
  (例えば→この記事
  
4、イチロー選手と松井秀喜選手は
  「メジャー」でプレーしている。

 

5、野茂英雄投手は
  イメージどおり「大リーグ」に行っていた。

 

6、こうやってみると、
  最初はみんな「大リーグ」だったんだけど、
  ある頃から「メジャー」にいくひとが増えたみたい。
  でも、「大リーグ」希望の選手も根強くいる。

7、たぶん何の役にも立たないけど、
  これからも、この違いにはぼんやり注目したい。

8、もしかしたら
  ホントは、まったく別のリーグなのかもしれないし。
  アカメバル(沖で釣れる)とクロメバル(防波堤で釣れる)が
  実は別種の魚だと、ついさいきん判明したように、(参照→朝日新聞の記事
  ある日突然、メジャーと大が分かれないとは、言い切れない。
  言い切れるかもしれないけど、留保したいのだ。どうしても。

Posted by tekigi1969 at 12:22 | Comments [5] | Trackbacks [0]

2008年11月11日

●コンピューター、大リーグ、セリエエー

1、コンピューターをコンピュータと書くのは、
  JIS規格の表記原則なのだとか。
  3音節以上のカタカナ語は”ー”を消すみたい。
  (強制ではないので、メーカーによって違うらしい)

2、でも個人的な感覚としては
  コンピューターには、windowsが最初からのってるけど
  コンピュータは違ってて、linuxとかで動きそうなイメージがある。
  ”プロスペック”な雰囲気にみえるのです。
  プリンターより、プリンタのがキレイで高価で速そう。
  プロテクターよりプロテクタのが業務用っぽい。

3、いっそ、巨人のエースも
  グライシンガにしたらいい。業務用先発投手。
  ぼくが打者だったら、さらに強くなったようでビビる。
  20勝しちゃいそう。ドラファンとしては、されたら困るけど。

4、野球といえば、大リーグにも同じことを感じる。
  大リーグ、と、メジャーリーグ、と、MLBは、
  違うモノとしか思えない。
  アタマでは理解できても、身体はそうではないと告げてくる。

5、イチロー選手はメジャーリーグに行ってるけど、
  江夏豊さんが挑戦したのは、やっぱ大リーグだ。
  野茂英雄さんはMLBにいた気がする。
  松坂大輔選手は、メジャーとMLBを行ったりきたりしている。

6、ワケわかんないけど、
  そういう気持ちであっちの野球をみると、意外に楽しい。
  改めて思い起こすと、
  今年のワールドシリーズは
  けっこう大リーグっぽかった気さえ、してくる。

7、勢いついでに書いちゃうと
  ”セリエ・アー”と”セリエ・エー”も別物。
  どっちのが強いのか、たまに考えたりしています。
  ”アー”のがスター選手が多そうな感じだけど、
  じつは直接対決したら”エー”が勝つ、と思う。
  どうして?なんて聞かれても、説明できない。
  あえて答えるなら、どうしても、だ。

Posted by tekigi1969 at 16:51 | Comments [0] | Trackbacks [0]

2008年10月14日

●思いつきメモなど

1、サブプライム関連のニュースを観ていたら
  証券化商品のリスクを低く設定する手法は、
  「リスクの高いモノ」+「リスクの低いモノ」=リクスけっこう低い
  というパターンだけではなくって、
  「リスクの高いモノ」+「リスクの高いモノ」=リスクけっこう低い
  ということも最新金融技術では、ありうるといっていた。
  ふうむ。そうなのか。

2、もしかすると、それは
  「クジラを愛護しよう会社」(不安定そう)の株と
  「クジラの食品つくってます会社」(国際世論によって左右されそう)の株を組み合わせると
  結果的に、リクスが小さくなるとか、そういうことをやっているのだろうか。
  当たっているのか分かんないけど、
  なにかの説明につかえる例えのような気もするので、
  とりあえずメモっときます。

3、例えといえば、
  「市場はすでに織り込み済み」というコメントを聞くたび、
  ぼくは、やたらと塩の効いた、アジの開きを連想してしまう。

4、気づかず、ショウユをたらそうとする誰かに
  「いや、塩気は既に織り込み済みだから」
  といいたくなるのでした。
  マーケットの仕事してるひととか、言ってそう。
  言わないかな。

5、関係ないですが、
  先日の記事で「なんだろう」と書いた庭の謎植物は、
  トレニア(ナツスミレ)だったようです。
  メールで教えてくださったSさん、ありがとうございました。

  
Posted by tekigi1969 at 09:49 | Comments [0] | Trackbacks [0]

2008年09月25日

●ヘンクツとダキョー

1、昨日の中日ドラゴンズは、
  先発小笠原が絶不調だったんだけど、
  五輪以降ずっと調整をしていた川上の
  2ヶ月振りの復活登板で快勝。
  なんとかCS圏内の3位に踏みとどまっております。

2、関東在住のドラファンであるぼくと奥さんは、
  そういうアレコレを
  おもにラジオ(東海ラジオ遠距離受信)&ネットでチェックしている。
  カンジンな瞬間にガーガーとなってしまったり、
  遠距離受信のできないデーゲーム(AMは日が沈むと電波が遠く飛ぶ)では
  リロードの連続になったりする。

3、「いいかげんスカパーとか契約したらいいじゃん」
  と何度も、いろんなひとから、いわれるんだけど、
  なんとなーく、その気になれない。

4、どうやら、ある程度の不便さってのは、クセになるみたい。
  逆転チャンスに
  「打ったー!センターに打球のびる、のびる、ドガガガガガガ」
  「うわあ、どうなったんだー」
  ってアタマ抱えるのも、
  「ひさしぶりの地上波なのに、9時で終わりなのかよー」
  なんてぼやくのも、けっこうコクのある楽しみになっているのでした。

5、不便さがクセになるといえば、コーヒーもそう。
  あるときに
  「豆のまま買ったら、長持ちするし、安いのでもおいしく飲めるじゃん」
  と気づいて、それから、我が家では
  コーヒーを飲むたびに、毎回電動ミルで挽くようになった。

6、さいしょはメンドウだったんだけど、
  慣れてしまえば、けっこう大丈夫。
  ぼくは原稿書きのときには、ずっとコーヒーが欲しいタイプなので
  毎朝眠いながらも、挽いてます。そうでないと飲めないから。

7、たまーに挽いた豆をつかうと、
  「うひゃあ」と楽チンさ加減に感動します。
  少々風味がなくても、こっちでもいいかな、という気にもなる。
  でも、まあ、ちょっとした手間で解決できる問題ならば、
  できるだけそうしておきたい。クセにしたい。
  味落としたり、カネでクリアしたりは、なんだかシャク。

8、関係ないけど、こないだ我が家のコーヒー豆代を聞いたら
  食費の1割近くを占めていました。びっくり。
  飲みすぎかもしらんけど、タバコとこいつはしばらくは止めないつもり。

9、さいきんは↓楽天経由で買えるここのコーヒー飲んでます。
  ネット通販にたよるのは、実はかなりシャクな気分なんだけど、
  まずまず美味しくて、
  期間限定価格だとまとめて買えて、すんごく安いから、そのへんは妥協。

 
 特別限定第2弾・3冠達成!禁断の珈琲豆福袋セット[秋HC]/グルメコーヒー豆専門加藤珈琲店

10、自分が、どこに妥協して、どこに偏屈になっているかって、
  たまに振り返ったほうがいいのかもしらんです。
  けっこうデタラメで、合理的ではないかもしれないけど、
  自分なりの筋みたいなのが、ほの見えてくる気がする。

11、そういえば
  「じつはぼく、けっこう偏屈なとこあるんだ」
  と知人に話すたび、
  「だと思う」
  とさいきん当たり前のように反応される。
  これが、すごく不本意だ。

Posted by tekigi1969 at 18:31 | Comments [0] | Trackbacks [0]

2008年09月15日

●2008年と1979年の縁日

1、日曜の浦賀は叶神社のお祭でした。漁港でやる鴨居神社とはちがって、こちらは造船所(いまは廃墟になってる)を中心とした町のお祭をルーツとしているので、けっこう大規模。神輿行列をみにいこうかと奥さんと準備をしていたら、例によってご近所小3Hくんが「あそぼ」と登場。一緒に行くことになりました。いったん家に戻って、この日に備えて貯めていたおこづかいをもらったHくんとともに、渡し舟に乗って西浦賀へGO。彼の目的はもちろん縁日の屋台。

2、ぼくにとっての”祭”の原風景は、商店街の七夕祭。実家のパン屋が軒を並べていた町内では、毎年7月にやっていた。屋台がずらっと並んで、商店街のお店もこの日だけは夜9時まで灯りをともして営業をする。我が家も店の前に机を出して、パンを袋に詰めたものとか、お菓子とかを売っていた。昼には子ども神輿もあったんだけど、30年くらい前のぼくにとっても、やっぱりメインは屋台。お好み焼きを小さくしただけの「大阪焼」ってのが、なんでかすごい人気だった。

3、神輿もほどほどに、Hくんの屋台めぐりにひきずられる。西叶神社の縁日。2008年になってもただよってくるモノは変わらない。小麦粉の焼ける匂いとイカとトウモロコシの焦げる匂い。でも、景品は様変わり。目立つ場所に並んでいるのは、DS、なにかのカード、エアガンなど。これがいまの小3魂をそそるあれこれなんだなあ。方式はクジだったり、おもちゃのキンギョみたいなのをすくったり、射的だったり、スマートボール(かなり年季の入った渋い筐体でした!)だったり、いろいろ。やり方はほとんど進化しないものみたい。Hくん、料金をみて、屋台ごとの景品を見比べて、けっこう慎重に吟味。

4、ぼくが彼と同じ年か、もう1,2コ上だったときに、自分で屋台を出したことがある。たぶん1979年前後のこと。誰のアイデアだったのか分からないけど、「読み終わった本をここで売れば儲かるじゃん」と思ったのだ。それで、隣の家の呉服屋さんの女の子を誘って、二人で、お店のあいだにゴザ敷いて、本を並べて、座った。すごく売れるはずだった。

5、あれこれ見てまわるHくん。ひそひそ声で、ぼくに耳打ちをする。射的をみて「あれは後ろにテープがあるよ」クジをみて「こういうのはアタリが入ってないんだ」金魚すくいをみて「ここよりも、あっちの店のほうがたくさん釣れる。でも持って帰っても死なせちゃうからやめとく」なあんだ。分かってるんだ。でも、あれこれ言いつつも、結局やってしまう。射的の残念賞はうまい棒。「300円のうまい棒になっちゃったな」 「うん」悔しそうだけど、泣き言は言わない。さすが男の子。

6、パン屋息子と呉服屋娘の小学生古本屋には、けっこうお客さんが来てくれた。でも、そこで思いも寄らないことが起こった。「いくら?」と質問されるのだ。「裏に書いてあるじゃん」と思うんだけど、そうではないらしい。割引にしないといけないみたい。隣でパンを売っている父親に助けを求めても、それは安くしないとダメだろうという。母親はなんでか笑ってる。おっかなびっくり定価で押し切ったら、みんな帰ってしまった。

7、Hくんの二軒目トライはクジ引き。DSのソフトが飾ってあるから、それを狙っている模様。一回300円だけど、500円出せば2回できて、外れてもわりに豪華な景品がもらえる。外れの景品をじーっと見ていたんだけど、考えた末に出したのは1回分。この辺の思考の流れについては、ギャンブルをやる大人とほとんど変わらない気がするな。失敗するのも、社会勉強なのだ、とあえてアドバイスはしないで傍観。

8、これじゃあ売れない。1979年のぼくは、そう気づいて、交渉に応じることにした。あっという間に定価の5分の1くらいになる、ぼくの本。しまいには「ここが汚れてるからもっと安くしないと買わないよ」なんてことまでいわれる。本はどんどん減っていくのに、ちっともお金は増えていかない。そんなことはまったく想定していなかったぼくは思い切り凹んでしまった。あのときも、まわりの大人は誰も助けてはくれなかった。

9、そんなようなことを思い出しながら、綿菓子屋のおばさんに頼んで、作り方を見せてもらった。「こんな少しのザラメでできてるのよ」「すげえ」とHくん、びっくりしてる。「あの機械が家にあったらいいのに」「そんなに綿菓子毎日食うわけないじゃん」「でも欲しいなあ」とかなんとか。「ああいうのは当たらないよなあ」「うん、当たらないね」「去年もそう思ったんじゃないの」「ううん。今年、初めて分かった」「そうか。じゃあ来年はもうやらないんだ」「やる。もっとたくさんこづかい持ってくる」「わはは。たくさんこづかいあったら、買ったほうが早いじゃん」「それでもいい。やる」「懲りない阿呆がここにいますよー」「それでもやるもん」

10、最後に残った100円玉1枚をもって、なかなか帰ろうとせずに屋台とおりをグルグルまわる彼が、ちょっとうらやましくて、100円でやれるゲームなんてゼッタイにないんだけど、ナットクするまで付き合いました。何度も同じ場所を通り過ぎるたび、スマートボール屋のおばちゃんと目があった。「やってるねえ」てな目で、笑ってた。30年前のぼくも、あんな目で見られていたんだろうな。

Posted by tekigi1969 at 17:43 | Comments [0] | Trackbacks [0]

2008年06月21日

●のらくらがいいよ

1、大学時代の知人とお茶をした。彼はさいきん会社を辞めたらしい。理由は「会社が遠くなったから」。こういう人って好きだ。正しいかどうかは分かんないけど、そんなもんだよねと思う。少なくとも、コンつめ過ぎて抜き差しならなくなるのは、なるのも見るのもツライ。そんな風になるくらいだったら、適当にサボったり、いっそ逃げちゃった方がいい。別の友だちの大学受験。名古屋から京都まで出かけて、前日ホテルに一泊してたのに、なぜか試験会場に行かずに一浪した。「なんで?」「寝坊してさ、駅までいったらギリギリ間に合うバスが出ちゃったんだよ」「それでも手はあるじゃん」「うん。タクシーがあって、それに乗ってる受験生もいたねえ」「でも、そうしなかったんだ」「いや、なんかさ」「うん」「そこまで必死になるのもなあ、と思ってさあ」「わはは」「んで、ホテル帰っちゃった」「うはは」。

2、お茶をした知人は、「悪い意味で真剣な人は困っちゃうよね」なんて言い方もしていた。うん。ぼくも、そう思う。マジメにやらなくちゃいけないこともあるだろうけど、それはそれとして、もっとのらくらしててもいいんじゃないか。なんとなくのイメージなんだけど、社会がしっかりしてくると、法律だとか契約とか、やるべきことが整備されて、”責任の所在”ってのがどんどん明確になって、逃げ場が少なくなっていく感じがする。それは論理としてはきっと正しい。だけど、ホントの意味での”責任”なんてそうカンタンにとれるものじゃないし、いくら責任に”重い””軽い”があるといったって、どっちみちベストを尽くしてみる以上のことなんて、できやしない。それに、ルール上の責任のとりかた(賠償とか代償とか)と、感情的な責任のとりかた(罪悪感とか怒りとか)ってのは、どういうわけか一致しないから、マジメに考えてしまうと、けっこうたいへんなことになる。とくにルールを真に受けてしまって、気持ちのシコリが残ると、理屈では解決できなくなってしまう。こんなものは、ある程度距離をおいて付き合うくらいにとどめて、あんまり本気にしないほうがいいんじゃないかなあ。のらりくらりとかわさないとやれんですよ、きっと。

3、ちょっと話がズレるのかもしれないけど、あまりにも大きすぎる”責任”ってのは、ひとじゃないモノに転嫁するのがいちばんじゃないかと、ぼくは思う。例えば、大きなお金が動く仕事。あるひとが「この企画はゼッタイに売れる。私の直感がそう言っている」と宣言して、それを信じたクライアントさんが何十億というお金を出した。ところが、全然売れずに、失敗した。こうなると、誰にも責任はとれない。形としては、契約にしたがって賠償が発生したり、誰かが左遷されたりするんだろうけど、企画屋さん・クライアントさん双方に損害と罪悪感は残る。こういうときに「最新のマーケティングを実施したら、売れる確率が非常に高いと出た」と宣言すると、心理的な責任のかなりの部分をマーケティングの「理論」のせいにできる。もちろん、こういう理論は具体的な成功確率を高めるためにつかうんだろうけど、実際には、こういう”責任回避ツール”としての便利さが受けているんじゃないのかな。ずっと前に、このBLOGにかいた「妖怪」ってのも、かつてはそういうツールの一種だった気もする。(参考→「妖怪がいたらよかった」)

4、ズレついでに、地上波でのプロ野球中継を見ていて思うこと。ちかごろの野球中継では、ゲストとして、放映中のドラマの出演者だとか、新曲を発表したばかりのミュージシャンだとかがよく出てくる。あれは視聴率アップのためというのもあるんだろうけど、でも実際には「●●さんがゲストで出る」というだけで、視聴率がグンと上がるほど甘いものじゃないはず。あれは、そういうことよりも、番組制作にお金を出してくれているスポンサーさんに対して「視聴率を上げるための努力をしていますよ」というエクスキューズをするというイミの方が強いんじゃないだろうか。スポーツの場合は、おもしろい試合になるかどうかなんて、やってみなくちゃ分からない。テレビ局はスポンサーさんに「視聴率○%の予定です」と約束をして契約を交わすらしいんだけど、実際にその数字に到達できなくても、返金はしない習慣なのだとか。だから、いろいろな演出を考えたり、視聴率の取れそうなタレントさんをどこかに出したりして、努力の跡を、見せなくちゃいけないんじゃないだろうか。この辺はテレビが批判される部分でもあるんだけど、巨大なお金や責任が発生する仕組みのなかで「ベストを尽くしました」となんとか言い張るために出てくる、ひとつの現象のような気がするのです。単なる邪推だったらごめんなさい。でも、けっこうそんな感じじゃないかと思うなあ。

5、なんか話が大きくなりすぎちゃったかもしれない。でも、みんなが権利やら義務をきっちり主張して、ルールがどんどん厳密に整備される方向はきっと変わらない。少しずつ、ざっくりとはいかない感じになっていけば、そのへんを上手く回避するための妖怪的なモノ・理論・ヘリクツも、増えていくんじゃないだろうか。そう思うと、いつでも余力を残してのらくらしておくのは、けっこう合理的な処世術だといえるのかもしれない。いや、分かんないけど。

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2008年06月08日

●ダライラマインタビューを読んだ

1、イギリスのファイナンシャル・タイムスのダライラマ独占インタビューがすごくおもしろかったので、思ったことを書いてみます。英文は→こちら。日本語訳は、インドのダラムサラ(チベット亡命政府のあるところ)で活動する難民救済NGOルンタ・プロジェクトの一員の方のBLOGにありました。→前編後編。とくに、後編で語られている情勢分析はすごいと思う。佐藤優さんのいう”インテリジェンス”みたい。

2、ここでダライラマが語っていることを、ぼくなりの理解でおりゃあとカンタンに図式化しちゃうと、こういうことじゃないだろか。「自分たちが求めているのは独立ではない。中国政府が憲法で定義している”少数民族の権利””自治権”の実現にすぎない」→「現時点ではそれが達成されていない。それは世界から批判を受ける中国にとっても不幸ではないか」→「しかし状況は好転せず、何度も暴動が起きてしまった」→「交渉が進展しないことで、わたしの影響力は低下している。わたしは暴動を望まないが、今後はその拡大を止められないかもしれない」→「わたしを暴動の先導者と呼ぶことで中国は得をしない。むしろ、具体的な交渉を進めるメリットが増してきているはずだ」というような論理。単なる被害者として「わたしたちはひどい目に遭っています。みなさん助けてください」じゃなくって、かといって、相手を一方的に中傷するでもなく、譲歩でもなく、冷静に情勢分析をして、交渉を要求する感じ。こういう場面のインタビューで、亡命政府首脳がこんな風に話すのはそうはないんじゃないかと思う。

3、もちろん、政治家として、カンタンには譲らない一線はあるっぽい。”チベット”のエリアは考えようによっては中国全土の4分の1に及んでしまうらしい。そこまでは求めていないと明言してもよさそうなんだけど、このあたりについては「民族としてのチベット人ぜんいんの自治が必要だ」という言い方にとどめている印象がある。この辺はカンタンに引き下がれない事情やら心情があるのかもしれないし、もしかしたら、交渉術なのかもしれない。ぼくにはちょっと判断つかない。

4、もうひとつおもしろかったのは、ダライラマのジョークとも独自の話術ともとれるようなきわどい発言。1989年のチベット暴動を強行に封殺した胡錦濤主席の「調和ある社会の推進」という言葉を、わざわざ引用して、全面的に賛成するといってみせる。それだけでなく、天安門の壁に書かれている毛沢東肖像画横の文句「世界人民大団結万歳」まで引用して、それを実現しようといっちゃう。ちなみに毛沢東さんってのは、チベットの解放を訴えて、武力制圧した張本人だとされています。このへんは、世界で彼だけにいえるちょうブラックなジョークじゃないかしらん。

5、ダライラマは、中国政府も自分と同じように考えているのではないかと推測している。5月4日におこなれた両者の緊急会合は、中国政府が事前にそのことを公式発表。これはかなり異例なことで、しかも、その発表前に中国の外務大臣が複数国の大使に通達をおこない、胡錦濤国家主席自身もこのことを認識していた。これはそれまで「独立を画策するダライ一派の首謀者」と呼んでいた彼を、もういちど交渉相手として認めた証拠っぽい。そのほうが得策だ、と判断したのではないかというわけです。

6、となると、ちょっと前にこのBLOGに書いた、例の「洞爺湖サミットでダライ・ラマ14世と胡錦濤主席の対話を実現させよう」という署名は、実現性の高さは分からないけど、やっぱし、けっこうイイ線をいっているのかもしれない。署名するしないは個人の判断だけど、単純に動きがあることを知っているひととか、おもしろいじゃんとおもうひとが、おおくなったら、もしかしたら、もしかするんじゃないかなあ。てか、もしかしたらいいなあ。

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2008年06月07日

●指がくさい理由、花が閉じる理由

1、わたしの指がくさいのは、
  パクチーの葉っぱをいじっていたからです。
  コリアンダー、香菜、シャンツァイともいう。
  好きなひとは好きなんだけど、けっこうセリ系のキツイ匂いがする。

 s-173-7388_IMG.jpg

2、朝みたら、このパクチーにスパイダーなK氏の巣ができていたのです。こりゃアカンだろうと、せっせと撤去。虫を食べる&草はまったく食わない、アンチベジタリアンというか、カーニバラスなライフスタイルがK氏の特徴。だから、ふだんだったらこんなことはしない。害虫避けになるから放っておく。でも、今回のK氏は茎と茎、葉っぱと葉っぱのすき間をグルングルン巻きにして、びっしり巣をつくっちゃった。ここまでやってしまうと、たぶんパクチーの成長の邪魔になる。見下ろすぼくは「あなたはやり過ぎたのよ」てな気分。それに、パクチーは相当強い植物で、しかも独特の匂いもあってあんまり害虫は寄ってこないのでした。てなわけで、巣およびK氏本体を除去。ついでに花が咲くと枯れちゃうので、長く収穫できるよう、ツボミも除去除去除去。おかげで指がセリ臭まみれになったのでした。

3、ただ、よく考えてみると、害虫の寄らない植物にわざわざ巣をつくったK氏ってのは、スパイダー的にセンスがないんじゃないだろか。もっと虫が寄って来そうな、花もバンバン咲いているような株を選べば、小さな巣でエサが取れたろうし、ぼくも見逃したかもしれないのだ。20代OL向けのカフェをセンター街でなく、わざわざ百軒店に開店したようなものじゃん。せっかく渋谷まで進出して、なぜそこに。まあ、そこにいる限り、同業他K氏との競合は避けられたのかもしれない。ずっと続けていれば、隠れた名店的に注目された可能性もある。しかし、いかんせん、ニッチ過ぎた。目立ちすぎた。彼はそこまで至れなかった。さようなら。

4、そういえば、時計草の花ってのは、咲き終わるとすぐに閉じる。バタンとしっかり閉じるのです。あれは不思議だ。植物的には、受粉がものすごく重要なんだろうから、花を咲かすのは、とても大きな仕事のはず。できるだけ長く咲いていたいんだとおもう。だったら、あの「バタン」と閉じる余分なチカラなんて残しておかないほうがいいんじゃないだろか。ギリギリまで咲いて、あとは余力なく朽ちて落ちるほうが効率よさげ。どうしてこんなことするんだろ。それでふと思いついたのがエキスパンダー説。「もしかしたら、時計草にとって、咲くってのはエキスパンダーをギリギリいっぱいまで延ばすくらい力が要る作業なのではないか」というイメージ。これなら、力尽きれば、自動的に閉じる。この考えをアタマに抱いて咲き誇る花をみると、チカラがこもる。ぎぎぎぎぎぎ、ぐががががが、と咲く初夏の花々。アームレスリングの大会を見ているような気分でクラクラ。でも、やっぱ違うだろうな。ひとまず思いついたのは「盛りを過ぎた花はさっさと閉じたほうが、次の若い花に虫を効率よく向かわせることができる」という、老舗クラブのやり手ママ説。うん、こっちのほうが納得いくかも。当たっているかどうかは知らないけどさ。

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2008年05月26日

●月曜の似てる

花が終わった紫蘭は

 s-173-7328_IMG.jpg

レニングラード・カウボーイズに
すごく似ている。

↓知らないひとのために
レニングラード・カウボーイズ動画。
(旧ソ連・赤軍合唱団とのコラボライブ)

 

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2008年03月28日

●腐りかけの味

1、食べ物には、
  「腐りかけがいちばんウマイ」
  という言い方がありますよね。

2、漬物とか、魚の干物とかの保存食で、
  「発酵し過ぎでないかい?」
  というときに、
  ぼくも「この腐り方はアリだ」と思うことがあるのです。
  いちばんウマイかどうかは、ともかく、かなり好き。

3、で、こういう味はどう表現するのがいいんだろ
  と、ずっと思っていたのです。

4、ずっと、といっても、ときどきだけど。
  でも、ずっと、ときどき思ってた。

5、”こなれてる”とか”なれてる”
  とかいうことが多い。
  でも、ホントは、ちょっと違うと思ってる。
  ニュアンスとして、マイナスの要素と
  後ろめたさが足りない感じ。

6、そしたら、先日、本を読んでいて
  「これだ!」というナイスな表現を見つけました。
  ある缶詰好きの作家が、
  西日のあたる場所で保管されていた缶詰をみて
  記した文章。

7、「缶詰は古くなければ意味はない。
   西日が射したり翳つたりするから、
   縁の下などに蔵(しま)ってある物よりは
   中身はませてゐるに違ひない」

8、おおおおっ!
  「ませている」

9、そうだ、これだ!と、手をうったのでした。
  たしかに成長しているんだけど、
  ちょっとだけマイナスな視線が加わって、
  ついでに、うれしはずかしな空気までもが、漂ってる。
  まさに絶妙な表現ではないかと思ったのです。

10、ちなみにこの文章を書いたのは、
   かの偏屈作家・内田百閒。

11、てなわけで、「ませている」を
  どこかでサラッと使ってやろうと、
  この1年くらい虎視眈々と狙っているんだけど、
  ちっともそんなチャンスは訪れません。
  サラッと、こんなこと書いた百鬼園先生は、やっぱり、すげえ。

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2008年03月07日

●シーソーの支点

1、さいきん、ちょっと思っていること。
  ホントは図にした方が説明しやすいんだけど、
  イラスト書くのヘタクソなので、文字で書いてみます。

2、何かの事故とか事件が起こってニュースになる。
  それがある種のジャンルのモノだと
  世のなかの意見みたいなモノが
  ある方向にわーっと流れることがあります。
  それによって、社会だとかが変わる。

3、これを、ぼくはシーソーみたいな関係でイメージしています。

                           ↑管理とか徹底しまーす(食料品店とか)
      ────────────────────
    ↓          ▲
  中国の食品     支点
  なんか怖いっす。
  (消費者)

4、これはいろんな場面で起こっているんだと思う。
  テレビだとか、新聞だとかは、
  左側の動きを大きく振れさせることがあるから、
  それがあんまり激しいと、
  右側が思いもつかない結果になることもある。

                        ↑ ↑ ↑ ↑ ↑
                        ↑ ↑ ↑ ↑ ↑事故のない治療を実現しまーす(病院)
      ────────────────────
  ↓ ↓ ↓ ↓ ↓     ▲
  ↓ ↓ ↓ ↓ ↓    支点
  医療事故とか
  起こしたら厳罰にすべし!

  とはあんまりならずに、

                           ↑ ↑ ↑ ↑ ↑
                           ↑ ↑ ↑ ↑ ↑
                          手術とかあんまりしないでおこっと(中小の病院)
      ────────────────────
  ↓ ↓ ↓ ↓ ↓     ▲
  ↓ ↓ ↓ ↓ ↓    支点
  医療事故とか
  起こしたら厳罰にすべし!

 とか、なったりする。
 それに応じて、左側も「言い過ぎたかな」とか、弱まったりもする。

5、だから、マスコミに懐疑的なひとは
  左側の振れ幅が「大きすぎる」とか「方向が逆」と思うし、
  企業とか政治とかに疑問を感じているタイプのひとは
  「世論を社会が反映していない」と右側に怒ったりする。

6、でも、ぼくが気になっているのは、そこではなくて、
  この「支点」の位置なのです。
  これって、じつは動いているんじゃないだろうか。

7、例えば、
  左側が強烈に動いているとき。

                            ↑ ↑ ↑偽装しません(食品メーカー)
      ────────────────────
  ↓ ↓ ↓ ↓ ↓     ▲
  ↓ ↓ ↓ ↓ ↓    支点
  食品偽装は
  許さん!

  左のパワーに応じて、右も同じくらい反応するはずなんだけど、
  実際には、メーカーのコストとか、業界ごとの慣習とかで
  必ずしもそうは行かない部分がある。
  だから、
  あまりにも激しく左が動くと、
  支点がちょっとずつ、右にズレるんじゃないだろか。

                            ↑できるだけ偽装しません(食品メーカー)
      ────────────────────
  ↓ ↓ ↓ ↓ ↓            ▲
  ↓ ↓ ↓ ↓ ↓           支点
  食品偽装は
  許さん!

  こうなると、シーソーの感度はすごく悪くなる。
  左はものすごく振れるんだけど、
  右はちょっとの移動で済んじゃう。

8、すごくアタマのいいひとは、
  この支点がどっちよりに
  位置しているのかを見ているんじゃないかなあ。
  もしかしたら、これを動かす手段なんてのもあったりして。 

9、ここから先はまだあんまりきちんと考えてないんだけど、
  片側のシーソーだけをあんまり振り回すと
  支点は勝手に反対側に動いていくような気がしています。

10、じゃあ支点ってなんだろう。
  時間ができたら、
  もうちょいきちんと書きます。

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2008年03月06日

●あさってからの視線

1、昨日のBLOGに
  「麻雀覚えたてのころは、街が雀荘だらけに見える」
  てなことを書いたんだけど、
  それで、ひとつ思い出したことがある。

2、何年か前にフリークライマーの方にインタビューしたんです。
  そのときの雑談で、
  「高いビルをみると、登れるかどうか気になりますか」
  と聞いたら
  「無意識にルートを考えてしまうことはありますよ」
  といわれたのでした。

3、ちなみにその取材は都内のホテルの一室でのもの。
  けっこうな高層階だったのでした。
  「ちなみにこのホテルはどうでしょう」
  「入り口から見上げた感じでは、行けそうでしたね」
  と即答。

4、こういうときの目安は
  高さではなくって、登るための手がかりがどう配置されているか
  なのだとか。なるほど。
  やっぱり、建物をそういう目で、みてるんだなあ。
  となんだか感心してしまいました。

5、雑談はここまでだったんだけど、
  こうなると、
  クライマー的に「そそる」ビルとかがあるんじゃないだろか。
  うっかりそんなビル建てたら、
  リュック背負ったひとばかりが集まって、
  じーっと見つめてたりされそう。

6、つかう人は、利便性とか居住性を追求して、
  建てるひとは、耐久性とか、経済性、
  建築家はデザインだとかをおもに考えると思うんだけど、
  同じモノを、「登れるか」で判断している目もある。
  そう思ったら、なんだか、わくわくしました。

7、きょうは新宿に出かける用事があるので
  素人なりのクライマー視線で、
  ビル群を見あげてやろうと思います。

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2008年01月10日

●一寸のGにも

1、こないだ都内のお寺に取材に出かけたのです。編集さんもカメラマンさんもいなかったので、ぼくひとり。正座だったらツライなあと思っていたんだけど、応接室に通されてホッとしました。テーブルをはさんで、和尚さんと向かいあう形でインタビュー。すべてのモノは仏心仏性のなかにある、とか、そういった話題を、手元にあったミカンまでつかって、分かりやすく熱心に話してくださいました。そのとき、テーブルのわきに、ポトンと音がしたのです。

2、Gでした。黒光りしてガサゴソ動く、あのGです。天井付近から落ちてきたらしい。季節外れだからか、ちょっと色は薄くて、小ぶり。動きもすごく鈍い。「ん?」と一瞬会話が止まって、ぼくも和尚さんも、そっちを見た。さて、どうすべきか。妙な緊張感が走りました。和尚さんの口からは、ちょうど「山川草木悉皆成仏」という単語が出ていて、そのセンでいくと、こいつも仏のはず。さて、どうすべきか。仏教でも、いろんな宗派や考え方があるはずで、こういうときの対応方法も異なるはず。

3、とりあえず、ぼくは知らん顔をすることに決めました。和尚さんも、チラとそちらにやった目をすぐに戻し、話を続けました。でも、視界の隅のほうで、カサッ、カサッというかすかな音がします。このまま「いないこと」にして続行するのは、ちょっとムリそうな感じ。和尚さんは「ミカンにも」といったあと、少し間をおき、「アレにも仏はあるわけです」とおごそかに言いました。少しホッとしたんだけど、同時にぼくには新たな課題が生じました。

4、きちんと確認したわけではないけれど、アレも仏である以上、邪険にしたらマズそう。少なくともこの場で殺しちゃうのはいけない気がする。でも、もし、あのGがぼくらの話している場所に向かってきたら、どうだろう。ぼくはそれをそのまま受け入れらて、ノートの上に来ても、手に止まっても、そのままインタビューを続けるべきなのだろうか。それとも何か気の聞いたことを言って、振り払うべきなのだろうか。それと、もうひとつ。あのGが和尚さんに一気に接近した場合、和尚さんは理屈どおりに行動してくださるのだろうか。

5、ぼくももうそれなりに大人なので、もし目の前でパチン!としちゃっても、それはそれで「そういうもんだよな」と思うくらいの度量はあるつもり。そういう解釈も全然アリだと思うし。でも、念のために、もしタイミングがうまくいったら、見ていなかったフリをする準備もしておこう、とも考えていました。ただ、心の底では、この和尚さんが「さすが」と思わせるような対応をしてくれないだろうか、という期待もしていたのでした。

6、それから3分くらいして、Gがわずかながら歩き始めました。ぼくではなく、和尚さん方面に向かっています。和尚さんは、とつぜん立ち上がりました。そうして、手にした紙で風を起こして、Gをテーブルの下に吹き飛ばしました。Gはあっさりと視界から消え、あとは何事もなかったかのように取材をすることになったのでした。ううむ。そこまではアリだったのか。

7、なかなか貴重な体験をしたなあと思います。でも、どうせなら、もっとギリギリの攻防を見たかった。いや、まあ、理屈どおりにはなかなかいかないのは、じゅうじゅう知っているんだけどさ。でも、それを確認するたびに「なるほどなあ」と思ったり、必要以上に優しい気持ちになったりするのって、なんでか楽しい。もちろん、きっちりツッパるのも、かっこいいなと思いますよ。自分でそういう場面に追い込まれるのは困るけど。

Posted by tekigi1969 at 13:42 | Comments [0] | Trackbacks [0]

2007年12月28日

●客を装ったわたくし

1、こないだ外が寒かったので、コンビニで15分くらいウロウロして、温まってから自転車に乗りました。大したことじゃあないんだけども、「いま、ぼくは客を装った男、なのだ」とふと思って、なんだか、すごくどきどきしました。

2、そういや、ニュースなんかでいう「客を装った男」ってのは、どう定義されてるんだろう。品物を手にとって、いったんレジで会計を済ませ、それからおもむろに犯行に及んだ強盗はどうなんだ。それは「客であり、強盗でもあった男」だと思う。

3、そのへんどうなんでしょ。まあ、気にしてないよね、きっと。細かくこだわったところで、ほとんどメリットもなさそうだし。でも裁判とかだと、意外にこういう表現にも留意しているんじゃないでしょか。「彼はあくまでも客であったのです!」とか、かっこいい弁護士さんが高らかに主張してたりしそう。「少なくともその瞬間までは!」とかなんとか。うわあ、大変そうな仕事だなあ。寒いなか、おつかれさまです。

4、逆の見方をすると、最初から買い物をするつもりじゃなく、店内をぶらぶら見るだけで、何も買わずに帰っていく男性は、みな「客を装った男」なのだから、けっこう世の中にあふれてる。男に限らず、女子も、子どももいるはず。もしかしたら、世界中のひとびとの86%くらいは、元・客を装った男(または女)、なのではなかろうか。

5、これはわりとすごいことのような気がします。でも、気のせいかな、とも思います。

Posted by tekigi1969 at 19:20 | Comments [4] | Trackbacks [0]

2007年12月18日

●坊主アイドル説

1、1年くらい前に宗教解説の本のお手伝いをしていて、
  ふと「仏教って、クラブとか野外フェスっぽいなあ」と思ったのでした。
  いちばん分かりやすいのは、踊り念仏の一遍上人。
  そのときに書いたエントリーが→これ(「踊り念仏のアストロDJ」)です。
  この熱狂の根っこは、フジロック、メタモと同じだと思う。

2、これは、踊り念仏に限ったことではなさそう。
  葬式とか、法事とかに出るたび、
 「このお経、(いい意味で)ヤバイな」と感じたり、
  ちょっとした所作にうなったり、がっかりしたりして、
  ある種のカッコよさみたいなものがあるなあ、と思うのです。

3、例えば、若い坊主が入ると、お経のうねりが消えることがある。
  グルーヴ、スウィング、ライム、ブルージーなんでもいいけど、
  そういうのとすごく似てる。
  だからきっと、すげえセンスのいい坊主とか、
  最先端の坊主とかがいたんじゃないだろか。

4、こないだ築地本願寺で「東京ボーズコレクション」(略すとTBC)
  ってのがあったそうです。↓これがフライヤー。

  s-TBC.jpg

5、出かけた知人の編集者Yさんによると
  「宗派ごとに袈裟の色や法要がちがうのがよく分かった」
  とのこと。
  日蓮宗は、坊主によって人気の差がありそうだった、とも聞きました。
  そうか、宗派ごとに比較すれば、
  その辺のカッコよさがいっそう分かってくるのかも。

6、もしかすると、
  あちこちのお寺や神社に出かけているようなおばあさんは
  その辺のカッコよさの違いを知っているのかもしれないなあ。
  ひとつのお寺の檀家だったとしても、
  「袈裟の着こなし」を先代といまの和尚で比較してたり、していそう。
  チャンスがあったら、調べてみたい。聞いてみたい。

7、とかなんとか話していたら、
  うちの奥さんが「天台宗の声明(しょうみょう)はトランスっぽかった」
  と以前出かけたイベントのことを教えてくれた。
  こうやって考えると、
  やっぱし仏教の坊主ってのは、かなりメジャーなDJとして、
  いろんな法要フェスに”来日”してたんじゃないだろか。
  DARREN PRICEとかFRANCOIS Kとかと一緒ですよ、きっと。
  (注)さいきんCDを買ってないので、新しい有名DJを知りません。
     ズレてたら、ごめんなさい。

8、ついでに書いておくと、
  「茶の湯」の亭主も、オーガナイザー兼DJだと思う。
  茶道具はアナログレコード。
  収集して、カッコいい組み合わせを発明するアーティスト。

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2007年12月13日

●「こだわり」と「拘り」

1、生協で買い物をしていて気づいたのだけど、「こだわり」という文字がほんとうに多い。誰もが何かに「こだわって」いる。何にこだわっているのか分かんないモノも多いけど、まあ「こだわっている」のなら、それなりの敬意くらいは払いたいな、と思います。でも、ここまで増えてしまうと、ちょっとヘキエキ。ゲップ。いっそ 「こだわりなく、ほどよく添加物つかって、素直に作っています。 でも、そんなに害はないと思うよ」ぐらいの潔い コピーが見たくなる。むしろ、こっちのが買いたいような気分もある。

2、でも、現実にはそんな商品は出なくって、 たぶん「こだわり」に変わる、でも、だいたい同じニュアンスをもつ言葉がつかわれるようになるはず。ごくたまにコピーやキャッチフレーズを考える仕事をすることがあって、この手の「こだわり」「和テイスト」「手づくり」 あたりを短く表現する言葉のニーズはすごく多いなと感じます。「こだわり」が飽きられたとき、次にどんな単語がその位置に就くのか。ちょっと予想がつかない。 でも、きっと、その言葉はひらがなかカタカナだろな、と思います。

3、「こだわり」を漢字で書くと「拘り」。「拘りの野菜」なんて、けっこう団鬼六な感じでいいと思うけど、でも、これは商品にはめったにつかわれない。googleで検索すると、「こだわり」は4,570,000件あるのに、「拘りは」147,000件で、31倍も違う。 ちなみに「拘り」で検索するとトップに出てくるのはwikipediaで、「特定の対象に、強く愛着し、離れることが出来ない状態を指す」とあります。だから、こだわりの料理なんてのは、漢字で言ってしまえば「偏執的に追求した出汁」とか「素材に拘泥した一皿」ってことになる。 でも、こういう、抜き差しならない感じはダメなので、ひらがなにする。拘りの野菜なんてのは、キャベツが亀甲縛りになっているみたいだから、ほとんどつかわれない。

4、雑誌の原稿を書いていても、ここ10年くらいでずいぶんといろんな単語がひらがな表記になっているなあ、とよく思います。「わたし」とか「とくに」とか、たいがいひらがなになっています。これはたぶん「漢字が読めない」とかそういう問題じゃなくて、気分なんでしょうね。画数の多いドロドロした感じから逃げたい、という空気。逃げるのはいいんだけど、この気分はどこに向かっていくのかなあ、とたまに考えます。浦安ねずみセンターとか、そっち方面なのでしょか。うーん、難しい。でも、ぼくはたまには「拘った」り、そんなことを忘れたり、してみたい。まっとうならそれでいいじゃん。「悪気はない」ってのはどうだろう。「悪気はないラーメン店」、あえて信用してみたい。でも、おいしくはなさそうかな。「根はいい人」にロクなやつはいないのと同じになっちゃいそう。

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2007年11月30日

●ご飯をよそおう

どういうわけか
最近「ご飯、よそおうか?」
と言おうとすると
「ご飯、よそおおうか?」になってしまいます。

よそう→よそおう、となってるわけだから
漢字で書くと
「ご飯を装う」で
これでは、ご飯の格好をしなくちゃいけない。

我が家ではこれを
「かみおおおかの呪い」と呼んでいます。

おおおばの呪いでも可。

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2007年09月07日

●あの素晴らしいセロテープをもう一度

1、ついさっき「セロテープ」という単語を聞いて、
  一瞬なんのことだか分からなかった。

2、たぶん、ゲシュタルト崩壊みたいなやつだと思います。
  ひとつの文字をジーッと見てると、
  まとまりがバラバラになって、記号みたいになって
  意味わかんなくなる、あれ。それの耳版。

3、「未視感」ってのにも似てる。
  デジャブ(既視感)の反対。ジャメブ(jamais vu)。
  確実に知ってるのに、分かんない。

4、んなことはともかく
  このときの「セロテープ」って言葉は、ぼくの耳には
  沖縄の方言とドイツ語が混じったような
  ちょう不思議な音に聴こえたのでした。
  雰囲気分かりますか?分かんないかな。

5、けっこう異国というか、別次元な響きで
  すごくカッコイイ感じだったのです。
  でも、それはほんの一瞬のこと。

6、すぐにアタマのなかで
  「いや待て、セロテープって知ってるぞ」
  「セロテープ、セロテープ、なんちゃらテープ」
  「・・・おお!セロテープか」
  ってな具合に意味の帝国ができあがって、
  一瞬浮かんだあの奇妙な空間は消えてしまったのでした。

7、こういうとき、
  「もったいないなあ」
  と思う。
  すごく思う。
  とても大切な夢を見た直後とだいたい同じ気持ち。

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2007年07月27日

●かみおおおか

ぼくがいつもつかっている京急線に
「上大岡」という駅がある。

声に出しても、字面をみても普通の地名なんだけど
ひらがなにすると、
とたんに妙な感じがする。

「かみおおおか」


「お」が多すぎて、居心地が悪い。

メールで打つと、いつも迷う。
「かみおおか」と書いてしまって、変換できなかったり、
「かみおおおおか」と行き過ぎてしまったり。

正しくは「かみおおおか」。

ジッと眺めていると、
萩原朔太郎の詩の一部みたい。

 

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2007年07月02日

●DDT観てきました

1、昨日はエンタメ系プロレス団体DDTを観てきました。初めてだったけど、おもしろかったです。大学のプロレス同好会がそのままプロになったみたいな感じで、後楽園ホールにいるような気がしないなあ、と思っていたら、隣にいたライターIさんが「本多劇場ですよね、これは」とひとこと。なるほど!そうだ、そうだ。これは小劇場コントなのでした。身体をつかった昔ながらの。

2、ぼくがいちばんおもしろいなあと思ったのは、ヌルヌルブラザーズの中澤マイケルさんとアントーニオ“ザ・ドラゴン”本多さん。ヌルヌルブラザーズってのは、身体中にオイルを塗ってるだけなんだけど、ただ「滑りやすい」というネタひとつで、あれだけドタバタとひっぱれるとはおもわなかった。すんごいよかった。本多さんは、意味がちっとも分からない動きと発言が、すごくツボでした。そうそう。マイクなしでも、リングで選手が何をいっているのか聞こえる規模の会場なんです。これ以上大きくなると、きっとこういうスタイルではできない。だから、小劇場っぽく感じたんだと思います。

 DDT1.jpg
 (ヌルヌルの中澤マイケル)

 DDT2.jpg
 (ディザスターボックス親方株争奪ラダーマッチ
  上からぶら下がっている「親」と書かれた紙=親方株
  を脚立にのぼってとったひとが勝ち)

3、けっこうグダグダになってしまう試合もあったような気がしたんだけど、慣れているお客さんが声援を送ったり、各選手ごとに決まっている掛け声をかけありして、ノリをつくってる。こういうのはプロっぽくないのかもしれないけど、すごいあったかい空気で、ぼくは心地よかったです。たとえばマイケル中澤さんには「変態!」とエールを送る。なんか小学生に戻ったみたいなんだけど、これもよかった。

 DDT3.jpg
 (ラダーマッチはちっともプロレスにならず、
  何度も中断しては
  リング上で反省会を開くという、コントになってました)

4、あと、元力士の星誕期(アルゼンチン出身の元十両)がすんごい楽しそうで、観ていてうれしくなっちゃいました。また機会があったらいってみようと思います。

 DDT4.jpg

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2007年05月20日

●オススメなもの

1、近ごろ、「オススメの本あります?」と聞かれると、
  たいてい2冊あげています。
  「田紳有楽」藤枝静男
  「ロックンロール七部作」古川日出男
  どっちもすごく好評。
  とくに前者は知らないひとが多いみたいで
  「びっくりした」といわれることが多いです。

 

2、いつか、こういう本を書きたい。
  それは無理でも
  「オススメだよ」と自分でいえる本をつくらねば。

3、好評といえば
  去年ここで紹介した
  ドウナンの「うに醤」(うにじゃん)も好評なようです。
  ただ単純に、ウニをコチジャンとかで和えたもの。
  ミョウバンをつかわないぶん、ウニの味がはっきり残るみたい。
  ウニ好きにはたまんないオカズです。
  札幌に遊びに行ったときに教えてもらったものなんだけど、
  北海道在住の友だちにまでお礼をいわれちゃいました。

 
 コク!旨!辛!ドウナンの「うに醤(うにジャン)」【春第1弾5】

4、本とウニ、どちらもオススメです。
  どっかで見かけたら、試してみるといいですよ。

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2007年04月12日

●物置の神さま

1、浦賀の新しい家にはけっこう大きい物置があって
  自転車とか庭グッズだとかを置いている。
  土いじりの前に、ここに入って、準備をする。
  扉をしめると、なんでか、ガサガサ、ゴソッと音がする。

2、たぶん、これは枝がこすれる音で、
  暖かくなって、裏山の木が伸びてきて、
  それが物置の天井にあたっているからだと思う。

3、でもガサッ、ゴソッをしばらく聞いていると
  ナニカが住んでいる感じがする。
  「気配」っぽい気がしてくる。

4、こないだ、取材でお会いした
  某水泳選手のお母さんが
 「子どものころ息子が悪さをしたら、物置に閉じ込めていた」
  といっていました。

5、ぼくはもう大人だし、
  晴れた日にしか物置に入らないから平気だけど、
  子どもだったら、こわいだろなあ。
  ガサッ、はお化けみたいに思えるんじゃないだろか。

6、バツで入れられるとしたら、
  そこに「悪いことをした」という罪悪感がプラスされるから、
  ちょっとした気配に
  おっかない妖怪を連想することもありそう。
  逆に信心深いひとなら、この気配に神さまをみるのかも。

7、ちなみにそのお母さんは、
  ダンナさんが帰宅する5分くらい前に
  閉じ込めるのが常だったそうです。

8、お父さんが救出して、
  子どもを諭して、
  怒っているお母さんに一緒に謝ってあげる仕組み。
  なーるほど。

9、でもその5分は
  彼には、きっと1時間以上に感じられたでしょうね。

 roji1.jpg
 写真は、ご近所の路地。
 毎日ゴミ捨てでここを歩く。
 すごく気に入っているんだけど、
 自動車は入れません。

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2007年03月29日

●トンビのムーンウォーク

今日は原稿書きの一日。自分で決めた〆切日なので、朝からPCに向かっています。でも、なかなか集中できない。ときどきよそ見をしたり、意味なくタバコくわえて外に出たり。今日は風がつよい。

さっきもくわえタバコで、庭をうろうろ。空をみたら、雲がものすんごい速さでびゅんびゅんすっ飛んでいました。タバコの煙も上にはいかない。ここは浦賀で、海辺だから、トンビが多いんだけど、いつもよりも小さく見える。高い場所にいるんじゃないだろうか。見上げていたら、彼らは真横に飛んでいました。滑空しているつもりなんだろうけど、風に流されて、顔の方向ではない向きに進んでいる。3羽並んで、どんどん横にすべっていく。突風が吹いて、ついには、後ろに進みだした。ムーンウォークみたい。動きがスムーズだから、マイケルよりも、ずっとムーンっぽい。これが月夜だったらもっとカッコいいだろな、と思って室内に。仕事の続きをしようとタバコの火を消したところで、鳥は鳥目だったと気づきました。夜は飛ばない。ちぇっ。惜しい。



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2007年03月20日

●さいきん思っていること

1、こないだチラッと書いたけど、
  仙台で乗ったタクシーの運転手さん
  (春~秋は農業で、冬のみタクシーをやるらしい)
  がいっていたことのひとつに
  「中国人と、若い日本人は乗車態度が悪い」というのがあった。

2、その運転手さんによれば
  「中国のひとは、たぶん、サービス業のことが分かっていない」
  とのこと。
  サービスを提供するひとを、家来みたいに扱うらしい。

3、ぼくは商店街で育ったので、そういうのはすごく気になる。
  べつに中国のひとじゃなくても、
  日本人でもけっこうそういうタイプはいる。
  わりと気さくないい人が
  居酒屋とかに入ると、
  とたんに店員に対して不機嫌な態度をとったりする。
  ぼくは、アレがすごく苦手なのです。横にいると困ってしまう。

4、最近読んだ「下流志向」という本の言葉を借りると
  これは「消費者心理」の一種ということになる。
  ようするに、
  消費者はサービスに関心がない顔をしたほうが有利になる
  ということ。

5、あ。話それちゃうけど、この本、すごくおもしろかったです。
  いまの自分とか周囲の心理状況について、すごく合点が行く感じ。
  ただ、合点が行き過ぎて、ちょっと不安になる。
  すっきりしつつも、
  こんなに割り切れちゃっていいのかしらん、
  とか、そんな気もする読後感。
  でも、とても有効なヒントが満載のすごい本だと思います。オススメです。

 

6、話を戻して、タクシーへ。
  運転手さんは
  「でもまあ日本でも昔は同じようなひとが多かったから、
   これから中国でも変わっていくんでしょうね」
  といっていた。

7、どうなんだろう。
  中国のことは分からないけど、日本では、
  「ひとまず不愉快な顔をしておくとラク」ってのは、
  むしろ、いろんなところに広がっているような気がする。

8、会うと必ずまず最初にため息から入るひともいるし、
  自己紹介文とか日記を書くと、
  いかに自堕落であるかとか、疲れているかを
  まずアピールしちゃうひとって増えている気がする。

9、もしかしたら、ああいう偽悪っぽい表現ってのは、
  新しいタイプの謙遜の表明なのかもしれない。
  偽善よりかは、ホントっぽくみえる気もします。
  でも、不愉快なことばかりをまわりに伝えるのって、
  赤ん坊と同じだから、クセになるのはちょっとマズイ気がする。
  聞いてても、困っちゃうし。
  知らず、そうならないように、気をつけなくちゃと思います。

10、あ、そうだ。
  運転手さんがいっていた
  「態度のよくない若い日本人」というのは、
  「行先をきちんと言えない子がものすごく増えた」
  ということらしいです。

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2007年01月28日

●洗剤とのつきあいかた

1、食器洗い洗剤との付き合い方って、ひとによってけっこう違う。大まかに、2つのタイプがいると思う。1つめは、洗剤をたっぷりつかって泡をたくさん出すひと。僕はこれ。2つめは逆で、洗剤は少なくして、基本的に水で洗い流す感じで洗うひと。僕の身のまわりを見る限り、わりに前者は男性、後者は女性が多い気がする。

2、以前は「洗剤はけっこう高価なものだから、炊事に慣れている女性は節約してつかうクセがついているのかな」と思っていたんだけど、どうもこの仮説は違うっぽい。経済観念うんぬんではなく、わりに「清潔とは何か」という個人的な感覚の違いが、この差を生み出すみたいです。

3、うんと極端にいうと、前者は「洗剤をつかえばきれいになる」と考える。気持ちとしては、殺菌をしているような感覚なのじゃないかしらん。食べ物の残りかすは、悪い細菌を繁殖させるエサになっちゃうから、それを根こそぎ退治するイメージ。後者は、洗剤がお皿に残るということを嫌がっているような気がします。アレは確かに食べ物じゃないから、つかい過ぎて皿に残ったりするのを「汚れる」と感じるのかな、と思う。もしくは、それを全部水で洗い流すことの面倒くささを嫌うのかも。

4、こういうのは、たぶん、どっちが正しいという問題じゃないんだと思う。理屈上の「清潔」を推し進めると、「殺菌した足をつっこんだ味噌汁」とかを認めなくちゃいけない。「いま、鍋にツバをいれちゃったけど、100度以上で熱しているから平気だよ」なんて言われても困る。まあ、こういうことをする人は少ないだろうけど、いくら殺菌されていても、やっぱりこれは「清潔」とはいいたくない。だから清潔ってのは、一種の信仰みたいなものなのだと思う。

5、こないだアラブ地域に詳しい某さんに聞いた話。あちらでは、肉をきれいにするために、中性洗剤とか石鹸でゴシゴシ洗うのだそうです。僕の感覚では「うえっ」となるけど、彼らにしてみれば「肉をそのまま調理するなんて不潔だ」と思うんでしょうね。大切なお客様なら、なおのことゴシゴシしちゃうのだとか。

6、でも、他人のツバでも、食べかけでも平気だったりすることがあって、それは自分の子どもだったり、大好きな人だったりするとき。こういうのは、ほとんど気にならない。っていうか、むしろ全然アリだと思ったりする。たぶん、普通なら「不潔」だと思うことを「不潔じゃない」と振る舞うことで、親愛の気持ちを自己確認できるんじゃないかと思います。

7、これが突き進むと、スカトロとか、アブノーマルな性欲の世界まで開かれたりするのかもしれませんが、そのへんはあんまりよく知りません。でも、きっと、愛さえあれば、ひき肉を洗剤で洗うことぐらいは僕にもできるんじゃないかしらん。あんまり自信は、ないけれど。

Posted by tekigi1969 at 18:44 | Comments [0] | Trackbacks [0]

2007年01月22日

●納豆騒動で思い出したこと

「発掘!あるある大事典Ⅱ」の納豆騒動ニュース(→こことか)をみていて思い出したこと。

ずっと前に、とある雑誌で「血液をサラサラにしてゴルフのスコアをアップ」という企画の取材・執筆を頼まれたことがあります。週刊誌なので、依頼から〆切までは3日ほど。その道の権威の某先生にはすでに内容を話して、取材アポもとってあるとのことだったので、OKして、翌日、研究所にうかがいました。 このときは編集者さんの同行はなし。カメラを抱えてひとりです。さっそく話を聞くのだけど、どうにも話が食い違う。なんだろう。30分くらい先生の話を聞いていて、ようやく分かりました。企画意図と先生の主張なさっていることが違うのです。編集者さんが話していた企画としては、「何かを食べる」→「血液がサラサラになる」→「健康になってゴルフの腕前も上がる」というものでした。でも、先生は「ゴルフなどのスポーツをすると、ストレス解消になって、血液がサラサラになる可能性が高い」という話をしていたのです。

マズイなあと思ったのですが、ここにいるのは自分ひとりです。研究中におうかがいしているので、取材時間も限られている。頭のなかで企画を成立させるためのポイントを整理して、単刀直入に聞いてみました。「血液がサラサラになると、運動能力があがったりしますか?」と質問。答えは「そういう研究はしていないし、直接的に関係があるとは思えない」というもの。「では、血液がサラサラになる食べ物は?」と聞くと、「よくマスコミの人とかメーカーさんにも聞かれるけど、いまのところ、そういうデータはありません。基本的には、何かひとつを食べればサラサラになるというものではないと思うし、バランスのよい食生活がいちばんだと思います」との答え。

うろ覚えだけど、先生は、だいたいこんなことをおっしゃっていたはずです。体の調子が悪かったり、何か特殊な要因が起こると、血液のなかにある白血球、血小板(悪いモノと戦う成分)の反応が活発なる。その反応が過敏になりすぎると、血管が狭くなっている部分に差しかかっただけで、流れが詰まるような動きをみせてしまう。これが、血液ドロドロの正体ではないか、とにらんでいる。ようするに、血液サラサラの研究は、これまでコレステロールのせいにされてきた動脈硬化とかの原因を、白血球、血小板で説明しようというものだったのです。少なくとも、この先生はそうらしい。だから一般的には「ストレス解消」「規則正しい生活」「規則正しい食生活」をすれば、血液はかなりサラサラになるだろう、ということになっちゃうわけです。正直、参りました。これだとすごく普通です。「おもしろくない」と編集さんにいわれるのは間違いない。

僕は「ではゴルフ好きな人が適度にラウンドすることは血液サラサラへの道になりますか?」と聞くと、「そうだと思います。スコアが悪くても気にせず楽しめば、とくにいいと思います」との回答を得ました。その他、僕の血液を測定してもらったりして、帰りました。写真とか、裏話なんかを聞いて、なんとか記事をを膨らませようという魂胆です。でも、編集部で取材結果を話すと、企画意図と違ったので、やっぱり編集者さんとはちょっとだけ揉めました。でも、ウソはかけないし、もしそのことでトラブルになったら、僕には責任なんてとれません。だから取材しながら考えた内容で、最後まで押し切っちゃいました。口に出して言ったかどうかは覚えてないけど、「どうしてもダメだったら、記事をつかわないか、そちらの責任で記事内容を変えて下さい」という気分でした。編集者さんには面倒くさいヤツだと思われたかもしれないけど、ともかく記事自体は書いた形のままで出たのでホッとしました。でも、そうやって自衛しないとどっかでヒドイ目にあうだろうと思っているので、後悔はしていないつもりです。

ちなみに、その後テレビで、この某先生が「〇〇を食べると血液サラサラに」と話しているのをみました。その後の研究で、そういうデータが証明されたのかもしれないけど、どうなんだろう。その後、別の研究者さんからも、いろんなマスコミ関係者から「この食材に効果はありませんか?」とか「研究費を援助したい」というメーカーの申込みが来るという話を聞いていたので、「ううむ」と思いました。

Posted by tekigi1969 at 13:14 | Comments [0] | Trackbacks [1]

2007年01月21日

●靖

1、今日はまるごと一日やすみ。
  ちょこちょこ引越し荷造りを進めているので
  身のまわりがだいぶすっきりしてきました。

2、引越しにまつわるあれこれを手続きしていると
  自分の名前を口頭で伝える機会が
  けっこう多くなります。

3、古田は、わりと問題ない。
  文字だとよく「吉田」に間違われるけど、
  音でいう時は「古い田んぼ」でOKです。
  問題は、下。「靖」という字。

4、以前は
  「井上靖さんのやすし」です
  と言っていました。
  有名な作家さんなので、
  若い人でなければ、これでいけた。

5、ところが、
  ここ1、2年くらい、これが通用しない。
  年配の方でも「?」という反応をされてしまう。

6、こういうとき、とっさに代わりとして思いつくのは、
  吉本のタレント、石田靖さん。
  でも「石田靖さんのやすし」といって、
  通じる気はしないので、言いません。あきらめます。

7、宮本恒靖、靖国神社の「やす」だと、
  「し、は?」と聞き返されるので、イマイチ。
  仕方なく
  「立つ、という字の右に、青です」といっています。

8、それにしても
  井上靖さんの知名度は、最近落ちているんでしょうか。
  同じ名前の大先輩だけに、
  失礼ながらも、気になっちゃっています。

9、っていうか、よく考えたら、
  僕も教科書以外では読んだことないかもしれない。
  この機会に
  「おろしや国酔夢譚」「敦煌」あたり買ってみよう。

 

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2007年01月09日

●紙袋の主張

1、紙袋がときどき気になるのです。紙の袋。お店とかでもらうあれ。立派なやつはとって置いて、再利用する。あれは日本独自の習慣なのかな。わりに高級なお店のモノのほうが重宝される。つくりが丈夫だし、ひとに物をあげるときに、これに入れれば失礼じゃない気がするからだと思う。

2、僕はあんまり店名とかブランドのことを知らないんだけど、その辺の知識のあるひと同士だとそこにプリントされている情報で、色々な会話をしているみたい。あ、あの人は六本木ヒルズに行ったんだな。でもわりにカジュアルな格好をしているから、あそこで働いている人なのかも。それとも単純にふらっといっただけかしらん。おっ、よく見るとあの靴はすごい、とかなんとか。僕はこういう情報は読み取れない。素敵なブランドを意外な使い方してるでしょ。なんてファッションや紙袋で発信されてもちっとも受け取れない。会話できないといってもいい。ブランド文盲。

3、そんな僕でもイカしたお店の紙袋を受け取ることがある。去年は、友だちに果物をもらったらポール・スミスの紙袋に入っていた。それだと気づいたのは、帰宅して奥さんにそう言われてから。それまで僕は何にも考えずに電車に乗っていた。僕自身のつもりとしては「うまい果物を運んでいる人」のつもりなのだけど、まわりから見たら「ポール・スミスの紙袋を持った人」だったわけで、このギャップはけっこうすごい。しかも僕はまったく自覚がない。脳みそを運んでいたのに、周囲にはウニを運んでいると思われてしまったお医者さんみたいなものだと思う。そう、海女と女医くらい違う。

4、もしこのカン違いがもとで殺人事件が起こっちゃったら、僕は過失を主張します。だって僕は果物を運んでいるだけなんだもの。でも、そうすると検察側は「ポール・スミスの袋を持っていれば、それはポール・スミスに行った人と思われても仕方がない」というだろうな。そのうえ「ポール・スミスのあのタテジマの目立つ紙袋を持っておきながら、それとは気づかなかったとは考えられない。被告には反省の気配すらない」とまで言われるかも。こちらの無実を証明するため、弁護士は「彼はまったくブランドを知らず、普段の服装も・・・」うんぬんと、僕の格好のだらしなさを理路整然と説明する。そんな裁判はいやだ。

5、こないだ仕事の資料として茂木健一郎さんの著書数冊を受け取ったら、紙袋がDEAN&DELUCAでした。NYの高級グルメに見せかけた脳科学者本を抱えて満員電車に乗る。こうなってしまうと、ちょっとした自己主張っぽい。拡大し続けるグローバリズムに対するアンチテーゼとかなんとか。いや、ちっともそんなつもりはないんだけど、わりと簡単にできるのがいいなと思います。明日の打ち合わせには「陸上自衛隊パーフェクトガイド」という本を持っていかなくてはいけないので、昨日もらったTORAYA CAFEの袋に入れてみよう。これが何をあらわしているのかは、えーと。まあ、あとで考えるとします。

 
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2007年01月06日

●21世紀生まれの子どもたち

1、ちょっと遅れちゃいましたが、
  僕が構成を担当している単行本の
  第1稿原稿250枚、本日、無事完成しました。
  これをたたき台にして、3月には書店に並ぶはず。

2、年末年始ずっと作業をしていたので、
  ちょっとした達成感、感じてます。
  おっしゃ。

3、年末年始といえば、
  正月二日の親戚集まりに
  1歳になったばかりの女の子が来ていました。

4、僕の甥っ子もそうなんだけど、
  彼女は21世紀生まれで、20世紀を知らない。
  「昭和」なんて、ちょう過去っすよ、きっと。
  当たり前だけど、やっぱりすげえなと思う。
 
5、ということは、なんだ。
  彼女にとってのSMAPは
  僕にとってのスパイダースあたりに
  なるんじゃないだろうか。

6、あの子からみる中居くんは、
  僕からみた堺正章さんあたり。
  どっちもキャラ立ちしてるし、司会も上手い。

7、おっ、そう考えると、
  なんだかちっとも違和感がないぞ。
  なーんだ。
  21世紀といっても、けっこう同じなのかも。

8、でも
  今後、ムッシュかまやつさんになっていくのが
  SMAPの誰なのかを考えると、むむむ。
  なかなか、むつかしい。

 

Posted by tekigi1969 at 18:35 | Comments [0] | Trackbacks [0]

2006年12月25日

●誕生日、「自分が美味」、「自分がウニ」

1、今日12月25日は拙著「アホウドリの糞でできた国」の誕生日です。2年前のこの日、僕にとっては初めての単行本が店頭に並んだのでした。これまで4冊出した自著(1冊はペンネーム)のなかで、いちばん売れたのはペンネームで書いたものだったけど、いまでも「おもしろかったですよ」と声をかけてもらうのは、この本のことが多い。単行本の寿命はほぼ2年と聞いているけど、「アホウドリ~」はamazonでもまだコツコツ動いているみたい。ブログの紹介記事は、僕が知っているだけで236件読みました。ありがとうございます。感想やレビューもこれがもっとも多い。結局一度も重版はかかっていないけど、このまま絶版に向かうなんて思いたくないなあ。2年越しの奇跡の重版、まだあきらめません。何すればいいか分かんないし、たぶん何もできないけど、とにかく内面的にはあきらめないって感じでいきます。ナウルの続きもいつか書きたいし、別の国の歴史も同じシリーズをやってみたい。長い目で適宜見守ってください。

2、今日のほぼ日にも書いてあったけど、マグロだとかウニ、カニってのは、「自分がおいしい」ということをどう受け止めているのだろう。僕もよく、これを想像するのです。やってみると、なかなか難しい。実感しづらい。「自分が美味」ってのは、自らの舌ではチェックしようがないわけで、だからこれは誰かに言われるんだと思う。たぶんニヤニヤしたヤツが近寄ってきて「知ってる?」とか思わせぶりに言うのだ。僕はなんとなく想像がついているんだけど、知らんふりをしながら「ん?」と返答する。そいつは「お前ってさ、食うとうまいんだぜ」とかなんとか言う。たぶん、すごくいやらしい目になっているんじゃないだろうか、こいつは。そんな状況に追い込まれたら、ひどく困るだろうなあ。すごくプロポーションのいい女性なら、わりにそういう視線には慣れているのかもしれない。でも、これは比喩としての「食べる」じゃなくて、文字通りの「食べる」なのだから、さらに始末が悪い。鳥肌が立つとかじゃ済まないだろう。

3、例えばウニ。ウニは中身がうまい。あれが僕なら、内臓が激ウマだということになる。ある日、それを知らされる。どうしよう。エゾバフン僕だったら、なおのことウマイ。ビクビクするだろうけど、ちょっぴり誇らしいかもしれない。ムラサキ僕とかを差別しちゃうかも。でも、その違いが生まれるのは、誰かに食われちゃうときなわけで、その優越感はひどく虚しい。そのことに、ある夜ふと気づく。僕は明日学校に行ったら、まっさきにムラサキ僕のところに謝りに行こうと誓う。彼は許してくれるだろうか。きっと許してくれるような気がする。だって、僕らは同じウニだもの。内臓を誰にもとられないように、しっかりトゲをのばして仲よく生きていこうよ。チクチクトゲトゲいつまでも。とかなんとか考えてみるのだけど、でもやっぱり実感までには至らない。分からない。それでなにか困るのかといえば、まあ別に困らない。

 
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 2歳になりましたが、まだまだ宜しくお願い致します。

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2006年12月24日

●MRYCS!

1、メリークリスマス。
  僕は朝6時から仕事してます。

2、夕べ8時くらいに宅急便がやってきた。
  誰かがプレゼントでも送ってくれたのかしらん。
  なかを開いたら、
 「最新自衛隊図鑑」
 「陸上自衛隊パーフェクトガイト」とかでした。
  いまやってる仕事の資料です。ううむ。

3、メリークリスマスを子音字だけで書くと
 「MRRYCHRSTMS」で、あんまり略せない。
 母音が「EIA」の3つしかないから。

4、もうちょっと削っても通じるのではないか。
  貴重な資源をムダにしないためにも、
  3つあるRを1つにする。
  「MRYCHSTMS」。
  うん、ちょっと締まった感じ。
  意味も通じそう。

5、モッタイナイから、M、Sも1つにします。
  「MRYCHST」。
  けっこう分かる。
  でも、めでたさが若干薄まった気がする。

6、MとSどちらかに
  華やかさが宿っていたんじゃないだろか。
  Sを1つ戻す→「MRYCHSTS」
  Mを1つ戻す→「MRYCHSTM」
  うーん、わかんない。国際機関の略称っぽい。
  まあ、どっちもいらないや。
  ついでに発音しないHとTも取っちゃえ。

7、てなわけで、
  タイトルを「MRYCS!」にしてみました。
  医療用語みたいだけど、
  今日つかう分には
  わりに通じるのではないかと思います。

8、ここまでやってから
  「MERRY CHRISTMAS!」
  という文字を改めてみていたら、
  すっげえゴージャスだなあ、とため息が出ました。
  コスト削減とか、リストラとかって、こういうことなのかな。
  そりゃ、きっと大変だろうなあ。

Posted by tekigi1969 at 08:43 | Comments [0] | Trackbacks [0]

2006年12月17日

●不動産はホントめんどう(その1)

横須賀への引越し計画は、ただいま進行がストップしちゃっております。 最初の難関は住宅ローンでした。「自営業は住宅ローンが組みにくいよ」と話には聞いていたけど、いやあ、ホントに厳しい。その理由は実際に申請してみて初めて分かりました。自営業の方の参考になるかもしれないので、ちょっとややこしくて、生々しいけど、僕なりの解釈を書いてみます。

自営業と給与所得者(サラリーマンなど)は所得税の徴収方法が違います。所得税というのは、収入から経費などをひいた「所得」に対して課税される税金。 会社勤めの場合は、経費はイチイチ申告しません。その代わりに「みなし経費」という枠があって、これがだいたい収入の3割くらい認められることになっています。これを自動的に引いて、所得税を計算するわけです。ところが、自営業にはこの「みなし経費」がありません。だから、領収書を集めて「この分は仕事のためにつかった経費ですよ。課税しないでね」と申請します。この経費は多すぎると税務署から文句がくるので、だいたい収入の3割が目安だといわれています。ようするに、確定申告をして、会社員とほぼ同等の条件にするわけです。

住宅ローンを申し込むと、過去3年間の所得が審査されます。このとき、会社勤めの場合は、みなし経費は考慮されず、手取り収入=所得と考えてもらえます。 ところが、自営業は「収入」ではなく、経費をさっぴいた「所得」が手取りだとみさなされるのです。これでグッと枠が小さくなってしまう。実際の7カケの所得を基にして、月々の返済能力を判断されちゃうわけです。例えば収入が500万だとすると、350万。これはけっこう大きなハンデですよ、奥さま。この違いが「自営業者にローンは厳しい」という現状の大きな原因になっているようです。僕が「月々〇万くらいで、数年で返済できます。現在住んでいるマンションの家賃は〇万円よりももっと多いですから大丈夫ですよ」と主張しても、「もっと返済額を小さくして、20年借りるという形ならOKになるかもしれません」との答え。おわ。その分だけ長く金利払わなくちゃいけないじゃないすか。

こういう話をすると「自営業は自分の申請次第で好きなように節税できるんだから、その分、得もしてるんじゃないの」と言われることがあります。もしかしたら、なかにはそゆ人もいるかもしれません。いいなあ。いやいや。でも、僕のような著述業(ライターも小説家もジャーナリストも法律上は同じ「著述業」)では、あまり、そういうことは起こらないと思います。なんでかというと、原稿料や印税、講演料の多くは税金をあらかじめ1割分源泉徴収されているからです。原稿料が10万円ならば、手取りは9万円。1万は出版社から直接税務署におさめられちゃうのです。経費も控除を関係なく機械的に徴収されちゃうので、よっぽど大きく儲けない限りは、税金の払い過ぎになります。僕らは確定申告で経費を計上して、そのお金の一部を取り戻しているわけです。これが還付金ってやつ。

ネットをみていたら「住宅ローン審査を通過するために、3年間、あえて経費を計上しなかった」というライターさんの体験談が載っていました。ようするに、あえて税金を払い過ぎることで、書類上の「所得」を増やしたわけです。実際には損をしているんですけどね。こんなヘンテコなことが起こるのは、「自営業なのに源泉徴収されている」という著述業の立場がちょっと特殊だからなのかもしれません。

とかなんとか、つらつらグチっぽいことを書きましたが、一生懸命説明すれば、このあたりの事情を考慮してくれる金融機関さんもあります。一概にはいえないけど、印象としては、都銀よりも地銀、信用金庫の方が、この辺の融通は利くみたい。僕の場合もなんとかクリアできるのではないかという感じです。よかった。しかーし、ここを突破したかなと思った直後、今度は想像もしなかった新たな難関が待っていたのでした。ぐへえ。(いつ書くかは未定だけど、たぶん、つづきます)

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2006年12月13日

●安田老人vs都築響一トークショー

昨日、青山ブックセンター本店で「安田老人vs都築響一トークショー 『性豪』発売記念「性夜」」を見てきました。(本についての感想・説明は→こちら

表参道駅からオシャレな街をてくてく歩いてABCへ。本店に来るのは初めてだったのだけど、すごくアート系の書籍が充実している感じ。でもトークショー会場であるA空間内に足を踏み入れるとそこは異次元でした。真っ白なイベントスペースには開演前から「あはんあはん」という音声。安田老人がこっそりコレクションしていたというアノ時の盗聴録音テープがBGMとして流れている。部屋は薄暗くて、あはんテープは会話の邪魔にならないくらいの音量。でもみな気にする風でもなく、たたずんでいます。僕もマネして知らん顔。読みかけの「ドサ健ばくち地獄(上)」に目を落とす。「あはん。ああ」なんだか変な感じ。本を閉じてぼーっ。「うんうんうん。あああ」こういうテープ聞いたことあるなあ、とふと思い出しました。たぶん、中学生とか高校生のころだ。誰かにもらったんだろなあ。けっこう興奮して聞いた記憶がある。それにしても誰がくれたんだろ。ああいうのって、どんなルートで流通していたんだろう。もしかしたら安田老人コレクションがまわりまわって僕のところに届いていたのかもしれないな。もしそうだったらと思うと、なんだかどきどきする。

まずは、都築響一さんがスライドをつかって安田老人について説明。『老人』という一般名詞が呼び名になるなんて、デヴィ夫人か叶姉妹、安田老人くらいですよ、と言われて、そういやそうだなあと納得。単行本「性豪」に書かれていたことをざっとおさらいし、AV出演のきっかけをつくった伊勢鱗太朗監督も登場。そして、いよいよご本人が登場しました。杖をついてはいるけど、立ち姿がものすごくカッコイイ。一歩一歩に迫力がある。さすがに88歳なので声は少し聞き取りづらくて、ぼそぼそと話す。でも、耳をすまして聞いていると、その内容が「バイアグラをつかったら二日間勃っぱなしになって」とか「このビデオ(安田老人と某夫人の絡み)は相手のダンナさんが撮影しています」とかだから、びっくりします。僕が以前取材した某国会議員さんとは正反対だなあ、と思いました。あちらは声を荒立てないと、僕らが聞かないと思ってる。でも、安田老人はポツポツと平坦にすごいことを言う。耳が勃起しちゃいますよ、これは。

トークの合い間には、BGVとして、男優として出演したAVや個人的に撮影したというコレクションビデオ(もちろんご自身のセックス中の映像です)も流れていました。エロビデオをたくさん集める人はけっこういるけど、自分が絡み合っている映像を分類してきちんとコレクションするというのはかなり少数派だと思う。少なくとも自分はそれを見返す気持ちにはなれない。不思議だなあ、と考えながら見ていると、ビデオ中の安田老人が満面の笑みをみせる瞬間がある。それはたいてい相手の女性があえいでいるときでした。もしかしたら、この人はセックスそのものよりも、相手の女性が気持ちよくなっている光景が好きなんじゃないのかなあ。それならわりと理解できる。「ビデオよりもテープを聞き返すことの方が多い」というお話もあって、「やっぱりそうなんだ」と自分勝手に納得しました。

とはいえ、そこは「性豪」。一筋縄ではいかない。都築さんが「40代以上の女性のほうがいいとおっしゃっていましたね」と聞けば「ええ」と答えるけど、「でも若い子もいいですね」なんてひっくり返したりもする。それでいて、「90歳くらいのおばあさんが手を伸ばしてきた」なんてイイ話も出てくる。圧巻なのは家族の話。安田老人は、現在奥さん、娘さんと同居している。ところが、家族は「性豪」としての一面を「知らない」と言い張るのです。んなわけないじゃんと思うのだけど、断言して譲らない。聞いているうちに、もしかしたら本当かもしれないなあという気になってくるから不思議です。

カサノヴァとは違って簡単には「愛」を語らない安田老人。この人の見ている世界は、ものすごく淫猥なんだけど、確固とした純粋さもあるような気がします。最後に語ってくださった僕たちへのアドバイスは「金はからませちゃいけない」。トークショー後はサイン会。大満足で外に出ると、クリスマスソングが流れていました。表参道ヒルズに向かう人も多いみたい。あそこの地下にこっそり裏ビデオ屋があったらおもしろいのに。

 

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2006年12月12日

●電車の降りかた

満員電車に一人で乗ると、座っている人をチェックして、予想を立てる。「次はこの人だな」と目星をつけるのです。降車予測。その人がホントに次の駅で降りるとうれしい。僕の感想では、男性の方が降車前の予備動作が早い気がする。女性はたいがい分かんない。ギリギリまで本に集中しているようにみえて、いきなりパッと立ち上がる。けっこうびっくりします。でも、まあこれは傾向なので、女性でも一駅前から文庫本をカバンにしまう場合もあるし、男性でも急に動くひともいる。

こないだ見かけた小学生3人組は、かなりこのパターンに忠実でした。お姉ちゃんらしき二人はぺちゃくちゃと会話に夢中。少し年の離れた弟(たぶん、6、7歳くらい)はヤキモキしていました。「次の駅で降りるんだよ」「お姉ちゃん、分かってる?」お姉ちゃんは「んー」と聞いているのか、はっきりしない。弟、イライラ。「通り過ぎたらお金足りないんだからね。絶対降りなくちゃいけないんだよ」「んー」窓に顔を近づけて、進行方向を確認しようとする彼。「靴でシートに乗ったらダメ!」すかさず、姉が叱る。「だって、もうすぐ着くんだもん」「シート汚したらダメなの」不服そうな弟をよそに、女の子たちは再び会話に夢中。電車が駅に着きました。

真っ先に飛び出したのは弟。「お姉ちゃん、早く早く!」女の子二人はのそのそとカバンを持って扉に向かう。すごく、ゆったりしている。弟にイジワルしていたのかも。でも男の子にはそんな微妙な気持ちは分からない。「早く!」途中で閉まったりしないように、扉のあいだに立って、姉の手を引っ張る。ものすごく心配そうな顔。「はいはい」女の子たちはホームに出て階段に向かう。ようやく安心。再び姉たちを先導しようとダッシュで駆け出す男の子。ところが、ホームの段差でドシンとこけた。一瞬の間があって、「うえーん」。すごく大きな号泣。駅員さんやらホームにいたおばさんやらが「だいじょうぶ?」と集まってくる。姉は「だいじょうぶです」と弟のホコリを払ってやる。「痛くないよね、泣かないの」でもなかなか立ち上がらない弟。彼らをホームに残して、電車はそのまま走り出したので、その続きは知りません。でも、彼の涙は、きっと痛みのせいだけじゃなかったと思います。

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2006年12月10日

●移動するひと

アパートで一人暮らしをしていたとき、隣の部屋の人が転勤になり、空部屋になりました。引越しでしばらくバタバタ。それが終わってモノがなくなると、クリーニングの業者さんがワンボックスカーに乗ってやってきた。部屋をきれいにして次の入居者に備える。そのクルマに乗っていたのは、4人。業者さんとその奥さん、小学生くらいの子ども2人。家族でやってるお店なのかしらん。すぐ隣だからなんとなく、やっていることがわかる。子どもたちは掃き掃除やぞうきんがけ。お父さんが薬品をつかって壁をきれいにする。お母さんはそのサポート。子どものきゃっきゃする楽しそうな声が聞こえるから、なんだか日曜大工みたいな雰囲気。

夜になってもワンボックスカーは去らない。通りすがりに窓からみえた。家族そろって、その部屋でお弁当を食べていました。カーテンがないから外から丸見え。でも気にする風でもない。きれいにクリーニングされた部屋のなかで、シートを敷いて、その上で食べている。ピクニックみたい。寝袋が置いてある。泊まるのかと驚きました。結局、その人たちは数日そこにいたと思う。最後に不動産屋さんのチェックを受けたあと、帰っていった。もしかしたら、次の現場に行っただけかもしれない。どうなんだろう。でも、なんかそんな気がしました。

大学時代にサーカス団のテント設営のアルバイトをしたことがあります。サーカスの人たちは1ヶ月くらいの公演のために、テント横にコンテナハウスを建てる。水道も引くし、電気・ガスもつかえるようにする。楽屋兼住居。団員の子どもたちはそこから近い学校に通う。僕がバイトしているあいだ、大人たちの主な話題は「子どもの転校問題」「近くのスーパーの価格」とかでした。

その時の公演のメインの出し物はライガー。ライオンとトラの交配動物だったと思う。その調教師だけは、ちかくのビジネスホテルから通ってくる。「やっぱりメインの人は扱いがいいんですか」と聞いたら、「ホワイトタイガー(白いトラ)の調教師はちゃんとしたホテルじゃないとダメという契約だったから、ライガーは庶民的で助かった」との答え。でも、トレーラーに乗って登場したライガーはかなり地味な風貌でほとんど動かない。華がない印象。「ハイエナみたいだ」「これでお客集まるのかな」とみな不安げでした。僕も同感。単なる設営バイトなのに、一緒に不安になったぐらい。でも調教師はカタコトの日本語で陽気に振る舞う。彼はあの生き物を連れ、いまも世界中を駆け巡っているんだろうか。こういう生き方ってすごくタフだなと思う反面、なんとなく、憧れる。もしかしたら、とどまっているというのは幻で、本当はみんな同じように移動しているのかもなあ、とも思います。

Posted by tekigi1969 at 10:40 | Comments [1] | Trackbacks [0]

2006年12月09日

●寒いのに

横浜は朝から雨。寒いっす。タバコを買いに自販機まで出かけたら、歯がガチガチ鳴りました。フリース2枚重ねにしたのに。年をとって、少しずつ寒さに弱くなっているようが気がする。熱が失われつつあるのだろうか。むう。たしかに子どもの頃は冬でもずっと半ズボンでした。たぶんそういう教育方針だったんだと思う。その代わり、上着はセーターやらジャンパーで完全防備。「アンバランスだ」と大人に笑われたこともあったけど、それで全然平気だった。「なんのこっちゃ。半ズボンはけないなんて軟弱な奴らだ」と思ってたくらい。

僕はショートカットの女の子が好きなので、そういう子がとつぜん髪を伸ばし始めると、少しだけ残念な気分になる。冬に多い。寒さ対策らしい。スース-するのかな。タートルネックのセーターとか、ほら、首に巻く長い布きれみたいなの。そうそう、マフラー。その辺で防寒すれば充分暖かそうだし、すごくかわいいと個人的には思うんだけど、そうはいかないらしい。髪の短い子に好感を持つ理由は、たぶん幼なじみの女の子がそうだったから。2、3歳のころに遊んでいたKちゃんと、5,6歳のころにご近所だった別のKちゃんがかなり短いショートでした。「好き」とかなんとか考えたこともなかったけど、そのイメージがずっとアタマにあるみたい。

とくに2,3歳のときのKちゃんには、すごくいい思い出しかない。まあ難しいこととか思いもつかない時期だから、当たり前かもしれないけど、ブランコで一緒に遊んだとかそんな程度のことが「すごく楽しかったし、とてもいい子で、かわいかった」と記憶に刷り込まれている。近くに暮らしていたのはたぶん1年そこらで、我が家は、その後引っ越した。

小学校高学年くらいになって、ふとした拍子にアルバムを開いた。幼児期ではっきりとした記憶があるのはKちゃんだけ。ところが、どういうわけか、彼女の写真は1枚もない。おかしいなと思って母親に聞くと、「ここにいるじゃない、Kちゃん」と、ちょっとばかしブサイクな笑顔を見せる女の子を指差した。ちっともかわいくない。え。マジで?ナニカが犯されてしまったような感覚があって、「ふうん」とアルバムを閉じて逃げました。記憶のなかのKちゃんとはあまりにも違う。なんかすんごくムカツいて、「なんでそんな風なんだ」とKちゃんに理不尽な怒りまでおぼえて、それきりアルバムは開きませんでした。

次にKちゃんの写真をみたのは、ずいぶん経ってから。すごくきれい、とは言えないけど、まあ普通の女の子でした。少なくとも怒るほどじゃない。半ズボンはいてたころの僕は、彼女に過剰な幻想を抱いていたんだろなあ。すごく元気そうな女の子で、かなりボーイッシュな印象の写真。もちろんショートカットでした。やっぱり、僕にとっての「仲良しになりたい女の子」の原型はここいらへんにあるっぽい。いまKちゃんがどうしているのかは知らないけど、寒い冬でも髪は短いままだといいな。あと、勝手にムカツいたりしてごめんなさいと伝えたい。

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2006年12月05日

●まだ食べられる

「まだ食べられる」というのは呪文のような言葉だなあとよく思います。腐りかけ、賞味期限切れ、匂いがヤバげ、地面に落ちたなどの状況でつかわれます。大切なのは「誰が」「どんな風に」言うか。科学的にどうこうはあんまり関係ない。相応しい人が確信に満ちた表情で「これは、まだ食べられる」と断言すればOK。儀式は終了。みんな細かいことは無視して食べちゃいます。これは、一種の呪術儀式だと思う。その魔法のフレーズによって、「ナシ」っぽかった食べものが「アリ」になる。断言した人はその瞬間、司祭になっているんじゃないかな。こういう空間が生まれてしまうと、あえて「やっぱり食べられないよ」と反論するのは難しい。まあ、たまにいるけど、「空気が読めない」というタイプだと見なされちゃうと思う。

「まだ食べられるかどうかを判定するに相応しい人」であるかどうかは、集団が無意識に決める。「ひとびとが数人、集まっている」→「食べ物が地面に落ちた」→「捨てるにはもったいない」という状況になったとき、なんとなーく、みんなが表情を探る人。その人こそが司祭候補。ところが当人にその自覚がない場合もあります。「どうかなあ」なんて悩んでしまう。困った状況です。みな「まいったね」という表情で、きょろきょろする。これは二番手の司祭を探している。誰もその役を買って出なければ、結論は出ないまま、食べものは捨てられてしまう。

もし、その食べものが本当に腐っていたらどうなるんだろう。まあ、滅多には起こらないけど、誰かがそのせいでおなかを壊す。その場合は司祭がちょっと恨まれるのかな。ざっくりと流すのだろうか。うーん。ケースバイケースっぽいですね。でも、いずれにしても、司祭役に求められているのは「判定」じゃなく「断定」なのだと思います。本当はみんな食べたい。でもちょっとはばかられる。そんな時に「誰かが食べられるといった」→「みんなそれに従った」→「自分もそうしよう」という手順が必要になるんじゃないかな。そのための「断定役」を無意識に探す。他人のせいにして行動できるからってことなのかも。そう思うと、ちょっと怖い。わりと政治の世界の仕組みにも似ているような気がします。

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2006年12月02日

●恐竜食らう横綱

1、恐竜の歩き方には諸説あるらしい。
  二本足、四本足に分類できるものと、
  どっちだったのかはっきりしないもの。
  骨盤の形は
  トカゲに似た「竜盤目」と、鳥に似ている「鳥盤目」が多いけど、
  どう歩いたかまでは推理するしかない。

2、二本足で歩く肉食恐竜の足跡の化石をみると、
  両足の跡が、ほぼまっすぐ一直線に伸びているのだとか。
  ようするに、モデル歩きみたいな感じ。
  →参考(世界一受けたい授業のサイトより)

3、どう考えても、バランス悪そうに思える。
  でもまあ、誰もが効率を重視して生きてるわけじゃないから、
  そういうことも起こりうるのかな、とも思います。
  なんとなく、そうしたかっただけかもしれない。
  「こう歩いた方が効率がいいよ」
  なんて彼らにいう権利は僕にはない。たぶん誰にもない。
  あったとしても、もう、滅んでるからどうしようもない。

4、ふと、横綱・朝青龍のゲン担ぎを思い出しました。
  彼は、場所中に食べる肉料理は
  鶏肉のみなのだとか。

5、これは、相撲の世界ではわりに有名なゲンのひとつ。
  鶏は二本足で歩くけど、
  牛やブタは四本足。
  後者は、相撲でいえば、負けの姿勢です。
  だから、鶏を食べるらしい。

6、これは栄養学的にも理にかなっているという人もいて、
  もしかしたら、
  このゲン担ぎは、ただの後付けかもしれません。
  現在でも、ちゃんこの肉は、やっぱり鶏肉メインなようです。

7、ということは、
  もし恐竜がいま生きていたら、
  モデル歩きの肉食獣はちゃんこにつかえるんですね。

8、いや、実際には生きてないんだけど、
  想像するとかなりカッコイイ光景だと思います。
  少なくとも
  モデル歩きで土俵入りする力士よりかは見てみたい。

Posted by tekigi1969 at 12:08 | Comments [0] | Trackbacks [0]

2006年11月29日

●下腹と下腹部

ふと思ったんだけど、
「下腹(したばら)」と「下腹部(かふくぶ)」って
同じような言葉なのに
イメージする場所がずいぶん違いますね。

下腹部を切るのは、猟奇事件っぽいけど、
「下腹を切る」と言われたら、
「切腹なの?」と聞き返してしまいそう。

どうしてなのかしら。
考えても、よく分からない。
「部」に秘密があるのかなあ。

でも、
「サッカー」と「サッカー部」の関係よりも
「下腹」と「下腹部」は
もっと大きく異なっている。

「陸上」と「陸上部」くらいは違うと思う。

ここまで考えたところで
すごく眠くなりました。今日はここまで。
おやすみなさい。

Posted by tekigi1969 at 21:55 | Comments [0] | Trackbacks [0]

2006年11月27日

●「性能」について

1、うちのパソコンのHDは30G。最近のパソコンの性能と比較すれば、たぶん「30しかない」という言い方が正しそう。でも5年以上つかっても、使用量が20G以上にはならない。ある程度データが溜まってくると、適当に掃除しちゃうからだと思います。バックアップを減らして、画像とかのデータもえいやっと消す。別の記録媒体に移すのはごく一部で、だいたい捨てちゃいます。「もしかしたら必要になるかも」とか考えないようにして、おりゃと消去。たまーに困ることもあるけど、気持ちよさの方が大きい。最近はネット上にデータを置けるサービスがどんどん便利になっているから、この方針で行けるとこまで行くつもりです。だからHDの容量はこのぐらいでもうイイ感じ。

2、厚さ3ミリのイカを、きれいに太さ3ミリの串に刺すことができる、という食品加工機械があるそうです。テレビで見ました。名前は失念。HDとは違って、こういう「ここまでする必要あるのかいな」という過剰な性能には憧れます。すごく好き。そこまでしてしまうエンジニアの気合がいいのかな。なんとなく日本人の得意分野という気もします。歩詰まりとか、必要以上のオーダーで実現する気概。単なるイメージかもしれないけど。

3、あさっての方向で新たなポテンシャルを発揮する光景にもグッときます。海辺の町では、タコのぬめりを取るのに洗濯機をつかうことがあるそうです。あちこちの洗濯機でまわるタコ。遠心力でぬめりが吹っ飛ぶってことでしょうか。あと、ギンナンの加工をする際にも、あの独特の匂いをとるために、洗濯機が使われるらしいです。ぐるぐるんと、日本のあちこちでまわるタコとギンナン。これは、よほどの光景だと思うなあ。きっと開発者は想定していなかったはず。でもできた。これはなかなか美しい国だと思います。

4、ここまで書いて、ふと気づいてしまいました。もしかしたら、僕は高性能なものに嫉妬していただけなのかも。自分であまったHDの新たな利用法を考えてみよう。努力しよう。タコのぬめりをとるとか、イカを串刺しにするとか。できるのかな。

5、関係ないけど、「スペック」って、パソコンとかの「仕様」を意味する言葉なんですね。僕はてっきり「性能」なのだと思い込んでいました。

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2006年11月25日

●遠い星の布団干し

今日の横浜は快晴。いまはちょっとだけ雲がでてるけど、午前中はそれもなくって、一面の青でした。しかも週末。

だからどの家も洗濯物が干してある。ちょうど寒くなってきた時期だから、冬用の布団を出す準備なのかもしれません。大きなマンションを下から見上げると、壁の半分以上が白い布団で埋め尽くされていて、洪水の翌日みたいな景色です。我が家も洗濯。ベランダに出ると、遠くから、ぱんぱんと布団をたたく音が聞こえる。「洗濯」とか「布団」という概念を持たない星のひとが、この光景をみたら、いったいなんだと思うだろう。呪術とか宗教儀式の一種に見えるんじゃないだろうか。晴れた日になると、太陽に向かって各家が大きな布を掲げる祭り、とか。太陽信仰みたいななにか。

太陽が姿を消すと、みな室内に戻って、その布にくるまって眠る。今日、地球にたどりついた彼らからみると、僕らはかなり信心深い人々にうつるかもしれないなあ。誤解なんだけどねえ。でも、まあ、布団も干さないような宇宙人とは、あんまり分かり合えなくてもいいや。

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2006年11月23日

●さっき思いついたこと

 11月も23日ともなると暗くなるのが早いです。今日の横浜はいまにも雨が降り出しそうな曇空だから、なおのこと。勤労感謝の日だったんですね、今日は。昨日まで知りませんでした。祝日、おめでとうございます。ついさっき「すごく立派なウンコをしたときのような気分」という表現を思いつきました。でも、つかい道があんまりなさそうで、若干途方に暮れています。
 これは、とっても自慢したいことなのに言えない、もしくは、言い出すのがはばかられるような状態を差す言葉です。でも内心はすごい誇らしく思っているのが、ポイント。ちっぽけ過ぎる自慢話とかにもつかえるかもしれません。自分としては結構気に入って、どこかでつかってやろうとあれこれ考えたのだけど、相応しいチャンスはなかなか訪れなさそうです。だって、「立派なウンコ」が誇らしいのは、滅多に出ないからなのだし、いい大人は、きっと「今朝のウンコは立派だったよ」なんて口には出さない。だからつかうチャンスはかなり限られる。あ、いや、別にウンコじゃなくてもいいのか。そう思うと、利用範囲は一気に広がる。満員電車のなかで「こいつは次の駅で絶対に降りそう」とにらんだ乗客の前に立っていたらホントに降りて座れた。目覚ましの鳴る1秒前に目覚めた。誰にも気付かれずに無音おならが出せた。いろいろありそうです。すでにピタゴラスが2000年以上前に証明していることを知らずに、偶然三平方の定理に気付いた、なんてケースも、なかなか「立派なウンコ」だと思うなあ。とはいえ、やっぱり自分にはなかなか起こらないことだし、誰かに教えてもらう機会も少ない。だからこの表現は心のなかでこっそりつかうのがいいのかもしれません。てなわけで、もし、この表現がお気にめした方がおられましたら、日々「あ、また立派なウンコが出たぞ」とでも密かに思う感じでつかっていただければ幸いです。わりと楽しいんじゃないかな。
 

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2006年11月19日

●落ちている靴下

こないだ高速道路そばの道を歩いていたら、なんでか自動車の座席シートが置いてありました。てか、捨ててあったのかな。どうしてこの場所でそういうことになったのだろう。あれこれ想像するんだけど、うまい理屈が浮かばない。このあたりで事故があったという話も聞かない。近くにスリッパが転がっているのも分からない。靴下が片っ方だけ脱ぎ捨てられている。一体何が起こったのだろう。いまだに結論は出ていません。

靴下ってのは、わりに路上でよく見かけるモノのひとつです。ガードレールの脇、草むら、畑あたりによく落ちている。僕は路上ではほとんど靴下を脱いだ経験がないんだけど、そういう一派がいるみたい。それともある種の仕事や役職につく人には、どうしても靴下を外に捨てなければならない事情でもあるのかな。でも、家でしか脱がない僕でも、どういうわけか片っ方ずつなくなることは多い。タンス→履く→洗濯機→干す→タンスというルーチンしか経ていないはずなのに、ある日忽然と消える。消滅する。僕はあれをタコの一種だと思っていて、狭いタンスのなかにずっと置いておくと共食いをするんじゃないかと想像しています。すぐ横にあるやつを食う。だから両方いっぺんにはなくならない。この話はずっと前に書いたかもしれないけど、まあいいや。とにかく、知らないうちに穴が空くのが共食いの何よりの証拠だと思うのです。

とはいえ、一見スキのなさそうに見えるこの仮説にも弱点があります。共食いをしたはずの靴下の大きさが変わらないのはなぜか、という疑問が生じるのです。食ったら育つはずなのに、ちっとも育たない。ということは、食べたぶんをそのままどっかに排泄しているはずです。靴下糞。まだ、それらしきモノを見たことはないのだけれど、ハンガーが怪しいと僕はにらんでいます。あれは栄養を与えているわけでもないのに、どんどん増殖する。クリーニングなんてめったに出さないのに常に服の数より圧倒的に多い。ハンガー同士が生殖活動をおこなっている可能性もありそうだけど、靴下糞をハンガーが食って、分裂するんじゃないかしらん。タンス内の食物連鎖。ただ、靴下がしまってある場所と、ハンガーがかかっているところとは、ちょっと距離がある。そこが謎。歩くのか。どちらかが。もしかしたら、路上に落ちている靴下に、この移動に関するヒントが隠されているのかもしれません。今度拾ってみようかな。いや、やっぱりやめとこう。

 
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2006年11月18日

●ダジャレとダ抑筋

わりに持論なのだけど「ダジャレを言いたい」という欲望は、誰のなかにも住んでいるものだと思う。年齢も関係ない。この欲はたぶん言葉を覚えるときに一緒に生まれて、10代になるまでだんだん大きくなっていく。んでマックスになったところで、急にいわなくなる。いえなくなる。個人差はあるけど、だいたい第二次性徴期あたりでほぼ消える。これはダジャレ欲が消えるんじゃなくて、欲望を抑えつける筋肉がつくんじゃないだろうか。ダジャレ抑え筋。略してダ抑筋。「だよくきん」と読みます、いま勝手に決めただけだけど。おそらく脳と口元の中間あたりにあって、欲望のままにダダ漏れになっていくダジャレを抑えつける働きをする。おじさん・おばさんが発するダジャレを遮断する役目もになう。朝がもっとも活発で、深夜になると少しずつ働きが鈍くなる。徹夜をするとほとんど機能しない。集団で夜更しするときの「修学旅行の夜現象」は、ダ抑筋の働きが滞ることによって起こる。

問題なのは、30歳を超えたあたりから急にダ抑筋が衰えるということ。とくに意識しているわけじゃないのに、つい漏れる。「この焼肉、焼きにくい」とかいってしまう。筋力が強いうちは「自分がいまダジャレを言っている」とセンサーが感応するんだけど、これも弱くなる。本人的には「ウマイこと言った」とさえ感じていることがある。自分がそうなるとは思っていなかったので、とても怖い。ダ抑筋を鍛えるすべはないのだろうか、と思うんだけど、よく分からない。とりあえずセンサーだけでも敏感にしておこうと心がけていると、頭のなかに次々と浮かぶダジャレを口に出したくて仕方なくなってくる。そして、自分よりも年上のひとたちが豪快に発する笑い声がうらやましくなってくる。「こっちに早くおいで」といわれているのか。同い年の友だちから届くメールに日増しにダジャレが混じっていく。タイトルが「よんきゅう」。いっそ向こう側に飛び出そうか、と逡巡しながら、踏みとどまろうとする。残り少ないダ抑筋に力を込めて抑えつける。でも、そんな思いを裏切るようにときおり混じる自分のダジャレ。「イカ刺し、いかさしてもらいます」。あんなに恥ずかしかったはずなのに、なんだか気にするのがバカバカしいような気がしてくる。ユーモアってこんなぐらいのものだったっけ。自分はすでに向こう側なのだろうか。認めてしまえばらくになるのかしら。でも、まだ戦わなくてはいけない。そんな気がする。エイリアンとかゾンビ映画で最後まで戦う主人公のようになりたい。あきらめない。たぶん。



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2006年11月17日

●見果てぬ「第三セクター」

前にも少し書いたことがあるけど、「第三セクター」の定義を知らない人にどんなものか教えてもらうとおもしろい。これまで何人かに聞いたんだけど、彼らの説明が、個人の勝手な妄想・イメージだけではないことが分かってきました。かなり共通点があるのです。複数の人の証言を総合してみます。

①現在はまだ試運転中で、近未来になると本格的に動き出す
②宇宙空間にある(遠い海の上という説も)
③ボディは金属で、とても大きい
④「3」と書いてある
⑤合体できる
⑥何に使うものかは分からない
⑦原作は大友克洋さん

これが彼らの考える「第三セクター」。若干のブレはあるんだけど、だいたいこの範囲内におさまるみたい。知らない人同士が同席しているとけっこう盛り上がります。「合体するよね」「あー、するする。絶対するよ」でも知っている僕には、付け加えるべきナニカが浮かばない。言葉から来るイメージだけに意識を集中することができないのです。

あてずっぽうに「合体のときにはガシャーンとかいうのかな」と聞いても「それはしないでしょう」と突き放される。すごく白けるらしい。ごめんなさい。ちょっと理不尽だけど、ジッと聞くしかない。なんだか悔しい。あるとき、そんなひとりに「正しい第三セクターの意味を教えようか」といったことがあるんだけど、「いらない」と言われました。ちっ。とてもシャクだけど、こういう感じは嫌いじゃない。もしかしたら、僕の知っているのとは別に、もっと「ほんとうの」第三セクターがどこかで生まれているのかもしれない、なんて気もします。

   

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2006年11月16日

●クルマはすごい

今朝、東名高速を走るクルマをみていたときの脳内会話。

「クルマの免許とったんだって?」
「うん」
「すごいね」
「そうかな」
「すごいよ。クルマってさ」
「うん」
「ぶつけたらマズイんだよね」
「そうだね。人にぶつけたら怪我するし」
「ヘタしたら死んじゃうもんね。死なないモノにぶつかっても、クルマに傷がつく」
「うん、そうだね」
「ってことはさ、クルマってできあがったときからスクラップになるまで、ずっと何にもぶつからないように走り続けてるってことにならない?」
「そう・・・かな。そうだね」
「それってさ、すごいことじゃん」
「そう?」
「だって、これだけたくさんのクルマがあって、何十億もひとがいて、モノだってべらぼうにすげえたくさんあるのにさ、そのどれにもぶつからないんだよ」
「ああ」
「地球はほとんどが海と山だから、走れる場所なんてすごく限られてるのに、あんな鉄の塊がけっこうなスピードで何にもぶつからないでいられるなんて、ほとんどSFじゃん」
「いや、たまにはぶつかるけど」
「でも、あんまりぶつからないじゃん。だから事故がニュースになるんじゃん。みんなびっくりするんじゃん」
「たしかに、そんなにはぶつからないかな」
「イワシの回遊とかと同じくらい人智超えてるよ」
「いや、人間が運転してるんだけどね」
「そういえばそうだね。ひとってすげえ。けっこう信頼できる生物だとおもう」
「うーん」
「お札だってさ、あれ紙だぜ。毎日みんな触ってるのに滅多に破れないし、燃やさないじゃん。すごいよ。マジメだよ」
「マジメ」
「みんなナニゲに毎日すげえことやってるんだと思うよ。ふつうにソンケーする」
「ふつうにソンケーかあ」
「なに?」
「いや、別に。あんまりうれしくないなと思っただけ」

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2006年11月12日

●妖怪がいたらよかった

このあいだどこかの中学校で起こったいじめによる自殺のニュースを見ました。不思議だなあと思ったのは、発端のところ。中学生の息子が夜中にエロサイトを閲覧しているのを親がみつけて、それを学校に相談しに行ったというくだり。これは普通のことなのだろうか。僕には子どもがいないから、こういうとき、自分が10代だったころを思い出して、そこから「何が普通か」を考えてしまいます。あの頃はエロサイトなんてステキなものはなかったからエロ本でした。隠しておいたつもりだったんだけど、一度、見つかった。

エロ本は、たしか母親に勝手に捨てられちゃったはず。帰宅したら全部なかった。あの雑誌も、遠方の書店まで出かけて苦労して買ったあの写真集もない。でもいえない。抗議もできないし、恥ずかしかったし、だからすげえ頭にきた。捨てなくたっていいじゃん。父親からそれとなく「うまいことやれよ」的なことを言われたような記憶もあって、それもむかついた。でも、今になって思えば、あれで済んでよかったなという気もします。もしあの時、学校に相談なんてされていたら。考えだけでもかなり恐ろしい。別にからかわれなくたって、ペシャンコになったかもしれない。ただ、仮に相談にいっていたとしても、先生が相手にしなかったんじゃないかとも思う。でも、今回のニュースは全然そういう風じゃなかったみたい。何だか全員がびっくりするくらい真剣で、サラッと流してもらえない。その辺がどうにも分かんなくて、ヘンテコな気分です。エロサイトの課金について心配したのだとしても、こんなの「うちの子も、大人になったのね」で笑い飛ばせばよかったんじゃないかなあ。課金の件だけをしっかり叱ればそれでいいと思う。それともこういう感覚はいつの間にか古くなったのかな。知らないけど。

そういえばこの手のことで、一度だけ母親とケンカしたことがあります。友だちがふざけて女性用のパンティーをどっかで仕入れてきて、教室でそれをネタにみんなで遊んでいたんです。アホっぽいけど、男子中学生はわりにそういうモノです。でした、なのかな。それはともかく、そのパンティーは最終的に僕のカバンに入ってしまいました。それに気付かないで帰宅して、カバンを放置。母親が見つけて「どういうこと?」と聞いてきた。あわわ。書いているうちに、けっこうはっきり思い出してきた。僕は「知らない」としかいえませんでした。母は「パンティー」という単語を口に出すことができずに「でも、これはあれでしょ」「うん、あれだと思う」「じゃあ、あなたのものじゃないじゃない」「僕のじゃないよ。でも知らない。誰かがいれたんじゃない?」「このあれの持ち主がそんなことしたの?」「持ち主じゃなくて、友だちのイタズラだよきっと」「どうしてそんなことするの」「そんなの知らないよ」「こんなふうにいつもイジメられてるの?」「そんなわけじゃないってば」「じゃあ盗んだの?」「盗んでないよ」「盗んだのなら犯罪になるのよ」「だから違うって」「これ、はくつもりじゃないわよね」「・・・」だいたいこんなような感じだったと思う。バカみたいな会話だけど、当時はすごくシリアスな問題に感じられた。子どもだったんだなあ。

こういう会話が困るのは、お互いがホンネを口に出さないからだと思います。だからタテマエ的な部分だけで話が進んでしまって、ナイーブ過ぎる展開になる。「パンティー」だとか「オナニー」なんて言葉を避けようとするあまり、本筋とは違う方向に話がどんどん行ってしまって、ひどいときには、突き詰めすぎて抜き差しならなくなってしまう。引っ込みがつかなくなる前に、アイマイに納得してやり過ごすしか手はないんじゃないのかしらん。「エロい本が好きなんだよ」と開き直るのもアレだし、「そうか。お前はおっぱいの小さい子が好きか!」なんてフランクに受け入れる父親・母親もちょっと困る。だから、ナイーブになり過ぎないように、「とりあえず置いとこう」みたいなざっくりした感じでスルーするのがよさげですよ。やっぱり。前にもチラッと書いた気がするけど、こういう直面しづらい問題は「ひとまず妖怪のせいにしとく」のがお勧めです。妖怪がカバンにパンティーをいれたり、パソコンの履歴にエロサイトのURLを残したりしたんだと考えればすごく楽。「悪い妖怪もいるもんだな」といったん場をおさめることができるし、その妖怪を想像するとおもしろい。反省とか解決はそのあとでゆっくりやる。いや、冗談でなく、変なおっさんを道端で見かけたときに「キツネつきだ」と考えると、かなり余裕をもって対応できるんですよ。妖怪って、もともとこういうときのために生まれたんじゃないのかな。一時的に自分をだまして、場をだます。目くらましのようなテクニック。妖怪「エロリンクふみ」なんて、世界中のマウスのなかでボールを転がしていそう。なんてなことを想像しても、やっぱりマジメに相談するひとはするんだろうか。分からない。なんとなく困ったなあという気分が残る。

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2006年11月10日

●あるアルバイトのこと

20代前半のころは色んなバイトをやりました。芝居ばっかしてたので、お金はいつもない。一度、地下鉄の駅構内を清掃するアルバイトをしたことがあります。駅を巡回して壁、床、階段、側溝をきれいにしていく作業。これがけっこうキツイ。作業がどうこうじゃなくて、気持ちがキツイ。正体の分からないドロドロしたモノをしゃがみこんで削り落とす。その横を避けながら歩く人がいる。終わったはずの場所に新しいガムが付着している。だんだん気持ちがダウナーになっていく。なんだか怒ったような顔になっている人までいました。たしか1週間の契約だったんだけど、2、3日経つとどんどんバイトが減って、最後は半分以下に。でも、その作業を請け負っている会社の人は、そんなことはまったく気にならない様子で、笑顔でガシガシ掃除を続ける。これがすげえカッコいい。バイトの人数が減るのも元々計算に入れていたみたい。作業の山場は実は初日、二日目までで、後半はぜんぜんラクチンなのでした。

最終日。お昼ごはんをおごってくれるというので、会社の人について行きました。最後まで残ったバイトのうち3,4人が参加。みんなある種の達成感があったみたいで、食事中の会話がちょっとハイ。駅を汚す連中がいかにくだらないかとか、こういう仕事をやっている会社は目立たないけど本当に必要だし、すごいね、とそんなことを言い合っていました。会社の人は「うんうん」とうなずいたり、「たしかにキツイけど、きれいになるとうれしいよね」と答えるだけ。

食後のコーヒーが出たくらいで、ふと会社の人が僕らを見回して、「あのさ」と切り出した。「うちの会社はこういうことやってて、景気に左右されないし、〇〇銀行(大手の都銀)とも取引があるし、福利厚生もしっかりしてて、給料もけっこう高いんだよ。だから、就職してみる気、ないかな。君たちはマジメだし、よかったら推薦するよ」場の空気がいっぺんに静かになりました。お互いの表情を確認して、なんとなく下を向く。みんな、さっきまで「カッコイイ」と発言していた分だけ、バツが悪い。それとこれは違うんですよ、と言いたいけど、本当は同じだもの。この手の反応にも慣れているのか、おじさんは「君らは大学行ってるんだっけ?内定とかもう決まってる?」と助け舟を出してくれた。みな、曖昧にうなずく。僕はそのころ学校全然行ってなくて、卒業するアテもなく、就職活動なんてしたこともなかったんだけど、「決まってます」とウソをついた。「銀行に勤めるんです」。なんというかひどいウソだな、と今でも思います。でも、「そうか。じゃあ仕方ないな」。その人は伝票をもって立ち上がった。「〇〇銀行にもし就職したら、うちにもっとたくさん融資してくれよな」なんて笑ってくれた。

午後の作業はみな無言。でも心なしか仕事が丁寧になっていた気がします。あれはなんだろう。罪悪感だったのかなあ。帰りに受け取った給料袋には、皆勤手当てで5000円が余分に入っていました。今でも地下鉄に乗ると、このときのことをたまに思い出します。銀行にも清掃会社にも勤めることはなかったけど、せめて、酔ったときのゲロは側溝でなく、トイレで吐くようにしたい。しょーもない「せめて」だけど。

  

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2006年10月29日

●SHINJOの原作

1、日本一になったとき
  SHINJO選手は「漫画みたい」と
  コメントしていたけど、
  彼のライフストーリーが漫画だとしたら
  原作はやっぱり、本宮ひろ志さんだと思う。

2、あれはほとんど「俺の空」だもの。
  あ、でも、北海道でブレイクしたから、
  「男一匹ガキ大将」でもいいかな。

3、ただ、
  セリーグ→メジャーと来て、
  プロ野球人生の最後にパリーグを選んだあたりは
  ちょっと水島新司さん風味。
  だけど、水島さんにしてはちょっと派手すぎる。
  やっぱり本宮さんだなあ。

4、そう考えると、
  政界進出の話が出たのも分かりやすい。
  でも、どうやら、それはないらしい。

5、ってことは、
  ここからは作風が変わるのかしらん。
  希望としては、永井豪さん原作で行って欲しい。
  もしくは車田正美さん。
  ちょっと想像つかないけど、
  えらいことになりそうな感じがするから、ぜひその方向で。

6、意表をついて
  水木しげるさんってのもいいかもしれない。
  よく分かんないけど。

 

Posted by tekigi1969 at 11:55 | Comments [2] | Trackbacks [0]

2006年10月27日

●セグウェイ、楽天で買えるんですね

1、セグウェイって
  楽天経由で買えちゃうんですね。
  びっくり。

 SEGWAY(セグウェイ)アメリカで大人気![小型タイプ]立ったまま乗る電動スクーター
 SEGWAY(セグウェイ)アメリカで大人気![小型タイプ]立ったまま乗る電動スクーター

2、まだどんなモノなのか発表すらされていなかったとき、
  「ジンジャー」と呼ばれていたこれの
  予約をうけつけていたのは
  社長が絶賛していたamazonだったはず。
  でも、日本のamazonでは、いまだに扱ってすらいないみたい。

3、イマイチ盛り上がりに欠けるのは、
  リコールがあったせいもあるけど
  発売前の「もしかして空飛ぶんじゃないの?」とかの
  異様な盛り上がりの反動もありそうです。
  基本的におもしろそうな乗り物なんだけどなあ。

4、日本の法律では、公道も走れない。
  ううむ。
  何とか合法にした方がいいんじゃないかしらん。
  でも、とある乗り物の協会関係者に聞いたところ、
  「とりあえずは、この方がいいんです」とのこと。

5、前にBLOGでも書いたかもしれないけど、
  新しい乗り物が出てくると、基準や許可が必要になって、
  役所から、そのための団体をつくれといわれる。

6、でも、いくつも似たような団体ができちゃうとマズイから、
  議員さんとか、関係各省の専門家とかを入れることで、
  「ここが本家」みたいな感じにしなくちゃいけなくなる。

7、そうすると、変な外郭団体みたいなことになって、
  「この乗り物をできるだけ自由に乗れるようにしよう」
  という主旨よりも
  「従来の法律との整合性」だとか「各省庁のバランス」
  「登録制にしていくら徴収しよう」とか「免許をどうする」とか、
  そういう方向に進んでしまう。
  ひどい時には、団体を挙げて
  「選挙に協力しないともう公道は走れない」
  みたいな政治に巻き込まれていくことにもなるのだとか。

8、ある程度は仕方ない部分もあるんだろうけど、
  実際には、こんな努力をしたのに
  どうにもならないままになっている乗り物も多いのだとか。
  「バカバカしいから、ひとまず法的な部分は曖昧にして、
  その上でトラブルを起こさないように注意しながら
  必要なルールを自分たちでつくっていく方がいい」
  という、この人の意見にすごく納得。

9、セグウェイつかったことないからまだ良くわかんないけど、
  できるだけ自然な形で定着していくといいな、と思います。
  まだ高いけど、いつか欲しい。

 

Posted by tekigi1969 at 09:45 | Comments [0] | Trackbacks [0]

2006年10月26日

●プロ野球日本シリーズ終わりました

北海道日本ハムファイターズ、日本一おめでとうございます。
第5戦もドラゴンズは昨日までの「あと一本が出ない」拙攻が続いて、1点は荒木が必死のスライディングをしていれたけど、それ以降立ち直ったダルビッシュからはもう点は取れませんでした。すごく悔しくて、絶対にこのままじゃ終わらないと思いながらテレビを見ていました。中四日で先発した川上の鬼気迫るようなピッチングに勝手に感情移入して、スクイズを防ごうと転がりながらグラブトスした姿のとてつもなくグッときて、これならイケる。同点でも1点とれば勝てると思ったんだけど、100球を超えたあたりでセギノールにホームランを打たれて、その直後の彼の目は潤んでいるようでした。きっと誰よりも悔しかったんだろうな。それまで「なんで打てないんだよ」とか画面に向かってなんども愚痴っていたけど、そんなことできない気持ちになって、8回9回もまだ信じてはいたけれど、でも、新庄が泣いていたり、稲葉のトドメの一発がでたりしていて、これは、たぶん日ハムの流れなんだなあ、と少しずつ納得がいくような気分になって、いやいやでもまだ終われないとか、なんだか頭がゴチャゴチャしているうちに、代打アレックスの打球が森本のグラブにおさまって、今年のプロ野球公式戦はすべて終わりになっていました。なんか、魂とかチカラとか腰とかぜんぶ抜けちゃったみたいな感じです。

北海道日本ハムファイターズ、日本一おめでとうございます。
中日ドラゴンズファンのみなさんもおつかれさまでした。
半年間、楽しかったです。
WBCに負けないくらい。
次シーズンこそ、日本一ってことで、ひとつ宜しくお願いします。

Posted by tekigi1969 at 21:50 | Comments [6] | Trackbacks [1]

●日本シリーズ第5戦を前にして

日本シリーズ第5戦は本日午後6時10分プレーボールです。今は5時50分。
もうすぐです。自分が出場するわけでもないのに、すごく緊張してきました。タバコに火をつける手が少し震えたりしています。ここまで中日ドラゴンズは1勝3敗。札幌のデパートでは優勝セールの準備に余念がないそうです。テレビよりも早く放送が始まるラジオを聴いています。06年シーズンの中日ドラゴンズの試合では、ものすごく楽しい思いをさせてもらいました。10月10日は東京ドームで胴上げを見て泣きました。あの試合の12回表の攻撃は今でも思い出すたび、鳥肌がたちます。すごい一年をありがとう、ドラゴンズ。僕と同い年のウッズ、立浪もありがとう。でも、まだ足りない。リーグ優勝をした04年にもここまでは見せてもらいました。どうやら本当の歓喜はこの先にあるらしいじゃないですか。そいつをひとつ、見せてください、落合監督。あと3つ勝つだけなんです。それでゴール。今日勝てば6、7戦はナゴヤドームに戻ります。そうすれば地元ファンの声援を受けて戦うことができます。今季、あの強いタイガースに1勝しかさせなかったホームです。だから今日、勝ってください。ほんとうにほんとうに勝ってください。とにかく、今夜、ひとつ、勝つ。そして帰りましょう、名古屋へ。

Posted by tekigi1969 at 17:50 | Comments [0] | Trackbacks [0]

2006年10月25日

●プロ野球日本シリーズ第3、4戦

夜になって横浜は雲が切れてきました。空気が澄んで、夜景がきれい。でも僕の心は曇り。もしくはどしゃ降り。ドラゴンズ3連敗。
第3戦はチャンスにゲッツー連発で負け。があ。そして、ついさっき終わった第4戦は7回までにヒット7本打って、四死球5個もらっておいて、なんと0点。12残塁。があああ。シンジラレナーイのは、ドラファンです。こんなにつながらない中日打線はほとんど記憶ないっす。しかも2試合連続。よほど慎重に凡退しないとふつう、点入るんじゃないかしらん。いや、失言でした。強くてカッコいい中日の選手たちはきっと一生懸命プレーしている。でもなあ、あれはなあ。ふうう。いやいや。それに対して、ファイターズナインの楽しそうなこと。躍動感なこと。素敵なプレーをすることよ。悔しいやら、うらやましいやらで、好きだったはずのSHINJOとかヒチョリがだんだんにくらしくなってきました。ごめんなさい。でも、ファン心理ってそういうふうなのです。日ハムついに王手だそうです。へえ、そうなんだ。でも将棋では「王手」は単なる一手であって、そのまま「詰み」になるわけじゃありません。僕はドラゴンズを信じます。明日先発するだろう川上憲伸を信じます。川上先発である以上、まだ「詰めろ」でもありません。シーズン終盤の阪神戦で見せてくれたあの快投よもう一度!そして強くてカッコよくてたくましい戦士たちは、勇躍、ナゴヤドームに戻るのです。そこには聖☆昌がいます。そして7戦まで行くのです。行ってくれなくちゃなんだか困ります。嫌です、僕。ぜひそのような方向でお願いしたいと思います。明日はドラゴンズ勝ちます!

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2006年10月23日

●プロ野球日本シリーズ第2戦(改行1つ)

昨日は負けちゃいましたよ、ドラゴンズ。今日は雨。
これで終わりにしちゃうと、気持ちまで負けたみたいでシャクなので、もう少し書きます。日本シリーズ第2戦。試合前は山本昌-八木対決を楽しみにしていたんだけど、フタをあけたら、あらまあ、想像以上に八木がいい。マウンド度胸すごいじゃなーいと感心。対する昌、いや、「昌様」、我が義兄にいわせると「聖☆昌」もいつものような感じでまずまずの立ち上がり。途中からは絶好調。でも負けちゃいました。聖☆昌さまは、これで4度目の日本シリーズなのに、まだ1勝もしていない。ベンチで放心したかのようにたたずむ姿はあまりにも切なかったです。大人はあんまりあんな顔しないですよ。ドラファンの胸は痛みます。まるで自分が聖☆昌さまを負けさせたような錯覚にすら陥ります。ごめんなさい。でも、ノーヒットノーランを達成した時のあの遠慮がちなガッツポーズと、はにかむ笑顔をもう一度みたいです。そのためには札幌ドームでとにかく1つか2つ勝って、もう一度ナゴヤドームに戻ってきてもらわねば。ちなみに昨日の試合では、ウッズの超ファインプレーという、なかなか観られない出来事もありました。明日夜におこなわれる第3戦まで、このお宝映像を何度も思い返して、イメージトレーニングしておこうと思います。あいや、待たれいっ!札幌ドームはDH制がつかえるからウッズは守備をしないでござるじゃん。というわけで、同じく希少価値のある井端のソロホームランに脳内映像を切り替えました。ちなみにwikipediaによれば、独身で一人暮らしの井端弘和内野手は自炊をしている数少ないプロ野球選手なのだとか。得意料理はカレーライスとのこと。どっかの雑誌で以前レシピが公開されたらしいです。食べたいなあ、井端カレー。すっげえ守備上手くなれるんじゃないかな。そんな効果はないのかしら。でも食べてみたいです。そういや、福留孝介プロデュースの「孝介カレー」なんてのも売ってるそうですよ。たぶん名古屋限定だろうけど。まあ、ともかく札幌でもがんばってください、ドラゴンズのひとたち!日本一になれると、僕は確信してますぞよ。

 【孝介カレー】福留孝介プロデュースドラゴンズカレー《10パック》【0610c_ドラゴンズグッズ】
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2006年10月22日

●プロ野球日本シリーズ第1戦(改行なし)

昨日は日本シリーズ第1戦。ドラファンとしては、名古屋ドームに行きたかったけど、週明け〆切の仕事がいくつかあるので断念。でも、ひさしぶりにテレビ中継があるので、大丈夫。10月10日のセ・リーグ優勝決定戦は、なんと地元名古屋でも地上波中継がなかったらしいですね。人気ないのかしらん。でも、そのおかげで前日にチケットとれたのかも。なら良しとせなば。ちなみにあの日、東京ドームでは当日券まで売っていたんですよ。ううむ。まあ、何はともあれ、日本シリーズはさすがに中継がある。荒木・井端の守備が自宅で観られるのはうれしい。午後6時のテレビ放送開始まで仕事に集中。依頼されている原稿の1つは、日本ハム新庄についての記事。敵チームの選手だけど、発言まとめ読むとやっぱりおもしろい。あんなキャラの選手は30年に一度だろうし、ファンからも愛されて相思相愛状態になるなんて、100年に一度あるかないかの奇跡かもしれない。「スター性」ってどこから来るんだろうなあ。ドラゴンズの井端にもそんなオーラがあればなあ。とかなんとか思っていたら、プレーボール。仕事中断してビール片手にテレビの前へ。1回の攻撃が終わったあたりで、実家の母親(巨人ファン)からケータイメールが来ました。「イケメンガルビツシユやるじやない」。ケータイメールつかうようになって1年ぐらい経つ母だけど、まだ小さい「っ、ゃ、ゅ、ょ」は苦手な模様。ダルだし。ガルじゃないよ、おっかさん。てか、それよりも自分の母親が「イケメン」という言葉をつかうのをはじめてみました。さすが日本シリーズ。たしかに、ダルビッシュはピンチに陥って顔面蒼白になっていてもカッコよかったです。でもでも、ヒット性の当たりを難なくさばいた井端のフィールディングとか日ハム外野陣の守備範囲の広さもガルに負けてなかったと思う。おっと、ダルでした。ああいうプレーは、ほとんど超能力だなあと僕は思ってしまいます。自分は一生、ダブルプレーなんてできないだろうし。まあ、それはともかく、そんなこんなで、中日ドラゴンズ、1勝しました。おっしゃー。この日は剛球投手対決だったけど、今夜の先発は山本昌-八木との予想が出ています。どちらも、ストレートがほぼ全て130キロ台。超ベテランとルーキーなのに、この二人はピッチングがえらく似てて、遅いのになんでかちっとも打たれない。どちらも今年9回までノーヒットの試合がある。これも超能力だと思う。第2戦も楽しみです。

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2006年10月19日

●ナニカが来るさ

1、朝のワイドショーをみていたら、
  地方自治体が運営しているバスが
  どんどん廃止になっているというニュースをやっていました。

2、全国的にほとんどの路線が不採算なのだとか。
  黒字になっているのはほんのわずか。
  それでもサービスとしてやっていくのかは
  かなり難しい問題。仕方ない面もあるのかな。
  そんななかで、異彩を放って、おもしろかったのは
  鹿児島のおばあちゃんたち。

3、バスがなくなって、いつも通っていた施設に行けなくなる。
  レポーターが「不安ですよね」と聞くんだけど、
  みな一様に「だいじょうぶ」と断言。
  「どうして?」と問うと
  「バスはなくなっても、何かが来るさ」と自信満々。
  わお。何かって、なんだ。

4、たぶん答えている人たちにも
  「何か」の正体は分からないんだと思います。
  でも、それが彼女たちの経験と直感からくる
  リアリティなんでしょうね。
  それとも南国の人特有の鷹揚さなのかしらん。

5、「トーゼン」「あったりまえじゃん」
  という確信に満ちた笑顔を見ていたら、
  「ナニカ」は本当に来るんじゃないかと僕にも思えてきました。

6、もしかすると、おばあちゃんたちのあの態度が、
  結果的にナニカを呼び寄せちゃうのかもしれない。
  そのパワーは、そこらの暴力よりも強そう。
  こういうチカラに、僕はとても憧れます。

Posted by tekigi1969 at 14:01 | Comments [0] | Trackbacks [0]

2006年04月17日

●伝統エンジン

1、誰かが何かをするときには
  たいがい動機がある、と思う。
  僕のなかでは
  それは「エンジン」というイメージになる。

2、資本主義社会では
  それぞれが「得をしたい」「損をしたくない」
  という欲望がエンジンになる。
  それが、全体として上手く機能するような
  仕組みをつくっていく。
  パワーには問題がなさそうだけど、
  そのぶん、仕組みづくりが大変。

3、ボランティア的なものは
  「いいことをしたい」という気持ちが
  たぶん、エンジン。
  こっちはパワーや持続力が若干弱い。

4、だから
  「儲かる&人のためになる」という組み合わせで
  色んな試みがおこなわれているんでしょうね。
  あと、
  「環境に優しくて、からだにもいい」
  ってのも似た感じ。

5、「罪悪感」ってのも
  とても強力なエンジンなのではないかと
  僕は、密かに思っています。
  これについては長くなりそうなので、
  気が向いたらまた書くつもり。

6、今日、高校の校長先生にお会いしました。
  学校には、また違うエンジンがあるみたい。

7、OBについて話していたのです。卒業生。
  そこは歴史のある古い学校。
  施設を直したり、
  維持したりするためにときどき寄付を募ることがある。

8、それに応じるエンジンは、
  「自分もつかっていた校舎が老朽化している」
  「あのときのオルガンが壊れてしまっている」
  それを何とか残したいという気持ち。

9、もちろん個人差はあるけれど
  その学校を象徴するような施設の場合、
  全体的なパワーはかなり強くなるとのこと。

10、世の中にあるたくさんの「伝統」。
  そのいくつかは、
  このエンジンのおかげで
  続いてきたのかもしれないなぁと思いました。

Posted by tekigi1969 at 18:50 | Comments [2] | Trackbacks [0]

2006年04月11日

●不愉快だ

1、物事が上手く行かないときに
  「不愉快だ!」と席を立つ。

2、憧れます。
  なかなか言えないですよ、これは。

3、この言葉って、
  相手の失点を直接怒ってはいないのが
  ミソだと思うのです。
  自分が「愉快じゃなくなった」というのが
  理由になっている。

4、これが堂々と言えるのは
  すごいことですよ。
  ハードルは高そうだけど、
  いつかつかってみたいです。
  
5、同様に
  「愉快だなぁ」
  も良さげな言葉ではないでしょうか。
  「今日は愉快だ」も可。

6、お酒とか飲んでいる時に
  こんなことをサラッといわれたら
  かなりグッときちゃいそう。

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2006年01月10日

●ひきょうなり

1、あわわわわ。
  この映画、ひきょうだと思う。
  「子ぎつねヘレン

2、ちっこいキタキツネってだけでヤバイのに、
  目と耳が不自由なのだ。
  泣いちゃうじゃないか、きっと。
  しかも舞台は北海道。
  ウニ、毛カニがわんさかいるあそこですよ。

3、でも、宣伝コピーの
  「目と耳が不自由なキタキツネを育てる少年」
  というのはちょっと分かりづらい気がするなぁ。
  最初聞いた時、
  目と耳が不自由な少年が子ギツネを育てる話だと
  思っちゃいました。
  どっちにしてもかなりベタだけど、
  それでもやっぱり涙腺、ヤバそう。

4、そんなことを考えながら、
  今日も原稿を書いています。将棋のお話。

5、年賀状の返事はまだ書けておりません。
  1年遅れになっても許してくださいね。
  あ、いや。
  お年玉付年賀ハガキ買っちゃったから、
  抽選発表までには出すつもりです。

 
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2005年10月29日

●名づける

1、最近どっかのBLOGで見かけた
  高橋メソッド
  おおっ、これはすごい。
  便利だし、おもしろいし、ロジカルだ。 
  あと、「メソッド」と名づけることの大切さも思い知りました。
  「もっと簡潔にしよう」というより「高橋メソッドで行こう」
  の方が伝わりやすい何かがある。

2、「マルチな才能」という表現があるけど、
  これは単純に
  それを差し示す名前がないだけだと思う。
  レオナルド・ダ・ヴィンチのあれやこれやってのも、
  きっと1つの興味の赴く結果じゃないのかしらん。
  あれはマルチや万能じゃない。1つのこと。言葉はないけど。

3、「蛾」という単語のない国では、蝶も蛾も皆同じモノ。
  だからそういう世界の人は、
  「蝶は好きだけど、蛾は嫌い」と思うことが困難になる。
  100%できないわけじゃないんだろうけど。
  詳しくは、ソシュールとかその辺を読めばいいのかな。

4、こういう名無しの「部分」や「全体」も
  状況が変わると、ズバッと表現されることを望む。
  言葉にされたがっている。
  された瞬間、みんな「あー」「それ知ってた」と思う。
  すっきりする。
  「メガネ男子」という本が好調なのは、
  きっとそのせいもあるはず。

5、ちょっと話はそれるのだけど、
  韓流ブームですごいな、と思うのは、
  「ヨン様」の「様」。

6、最初に「ニム」を「様」と直訳して
  彼の呼び名に加えた人は偉人だと思う。
  普通は略しちゃいますよね、日本語らしくないから。
  でも、あれが、きっと良かったんじゃないかしらん。
  僕には、とても思いつけないっす。

ソシュール小事典
丸山 圭三郎編
大修館書店 (1985.2)
通常2-3日以内に発送します。


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2005年08月23日

●二人の津島さん

1、郵政民営化法案に反対票を投じて
  ピンチに陥っている一人、津島恭一さん。
  自民党を離党して、国民新党に参加するとか、
  さっきテレビで聞きました。
  彼のおじいさんの弟は太宰治です。

2、太宰の娘・園子と結婚したのは津島雄二さん。
  彼も自民党所属の衆議院議員。
  こちらも郵政民営化法案には反対だったのだけど、
  投票では、賛成に転じました。

3、太宰がらみの二人。
  9月の選挙に向けて、ずいぶん立場が違ってしまったみたいです。

4、でも、そんなことより
  血のつながっていないはずの津島雄二さんの方が
  イメージ的に太宰に近い風貌なのが、何とも不思議。

  津島恭一公式サイト→こちら
  津島雄二公式サイト→こちら

5、太宰治が国会議員だったら、あの法案にどう対処しただろう。
  うーん、やっぱり、雄二さん的な行動をとるような気がする。

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2005年07月27日

●植物=クレジットカード

大雨のあとに晴れると、
土に含まれた水分が大量に蒸発する。

今日なんて、まさにそんな感じ。
雲から落ちた水を、日光が回収して、また雲ができる。

だけど、
「それは困る」と、
植物は毛細管現象で根っこから水を吸い上げて
葉っぱ経由で蒸発させようとする。

日光的にはどっちでもいいんだけど
「うちらを経由させた方が土の奥の水まで回収できまっせ」
「なにせ毛細管現象でっさかい」
てな具合で割り込んでくる。

あー。
これはクレジットカード会社だ。

別になくてもいい気がするんだけど、
植物を経由すれば、
お得だったりするからとりあえず使ってみる。

知らないうちに財布のなかで繁殖するのも似ている。

ベランダ野菜の実が大きくなるのを待っている僕は、
今日のポイントアップ晴天セールを利用して
ポイントをせっせと貯めているってことなのか。

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2005年05月19日

●日中ソ

日本ハム-中日の試合結果を報じるスポーツ記事を見たら
「日-中」とかいてありました。

なんだか
首脳会談というか戦争みたいだなぁと思ったのは
僕だけじゃないはず。

「日-ソ」だとさらにその感は増します。

あ、でも、
今の若い人は「ソ」で「ソ連」なんて連想しないのか。
10年以上前ですもんね、崩壊したの。

「ソ連」という文字を見て、
「んれん」なんて読んでしまう世代は
もう、すぐそこまで来ているのかもしれません。

その時がきたら
オオゲサに嘆いてみせるような
偏屈じいさんになっていたいな、とちょっとだけ思います。
「青いイナヅマってどの選手か分かるかい」
なんて若いファンにイジワルを言うのだ。
実はそんなに詳しくないんだけど、いつかやってみたいなぁ。

Posted by tekigi1969 at 17:15 | Comments [6] | Trackbacks [0]

2005年05月01日

●口に出して言われない言葉

さっきから「ゆらゆら帝国」聴いてます。

大きな事故、事件、災害などが起こったとき、
テレビに登場する人はあまり「死」という単語を発しない気がします。
亡くなった、とか、被害者という言い方をすることが多い。
とくに犠牲になった人の家族や親しい人は
「ああいうことになって」「ひどいこと」といった抽象的な表現になる。

たぶん、遠ざけておきたいモノ、受け入れたくないモノを
直接的に表す単語は無意識のうちに避けるのでしょうね。

でもこれが「文字」という書き言葉になると、
とたんに「死者〇人」「死亡」という単語が普通に使われる。
テレビでも、アナウンサーが「犠牲者」と読み上げる一方で、
画面に現れるテロップの文字は「死亡」になっていたりする。

「口に出す」ことと「文字にすること」の心理的な意味合いは
やっぱり違うものなのだなぁ、と改めて思いました。

山田風太郎「戦中派不戦日記」を読んでいたら、
柳家三亀松が「かの憎むべきB公が」と語るシーンが出てきました。

当時、関東に度々来襲していたB29のこと。
山田風太郎さんの周囲では
「ポー助」
「プーちゃん」
なんて呼び方もあった。

こういう言い換えは日本人特有のものではないみたい。
もっと書けば、被害者だけでなく、加害者も同じことをするようです。

戦争における『人殺し』の心理学」(デーヴ・グロスマン 安原和見訳)
という本によると、
現場の米軍兵士は「殺す」という言葉を使っていない。

敵であるクラウト(ドイツ兵)、ディンク(ベトナム兵)、スラント(東洋人)などに
ピース(武器)を使ってラウンド(弾)をぶちこみ、
「倒し」たり、「やっつけ」たりして、
「粉砕」するのだそうです。

「言葉を発しない」ことで、
表現されている何かというのは、なかなか重い気がします。

聴いているアルバムはこちら。久しぶりに聴いたけど、いいです。




Posted by tekigi1969 at 14:16 | Comments [0] | Trackbacks [0]

2005年04月19日

●セグウェイの軍事利用とドラえもん

2001年に鳴り物入りで登場したわりに
その後、ちっとも聞かない&見かけない「未来の乗り物」セグウェイ。
スクーターみたいな例のヤツです。

「やがては世界中に普及する」と言われていたはずが、
2003年9月に一度リコールされた時点でも
まだ6000台しか売れていませんでした。
日本ではいまだに公道で乗れるようにすらなっていないと思います。

1年位前にこの乗り物について
ちょっと取材をしたことがあります。

道路に関する事情に詳しい方に聞いたところ、
「新しい乗り物が出てくると、公道を走るための基準や許可が必要になる。
 そうすると国土交通省が出てきて、そのための団体をつくれといわれる。
 そこには専門家(ようするに天下り役人)やら
 偉い国会議員さんがいないとマズイよとアドバイスされる。
 そういう団体ができるまではきっと公道は走れないですよ」
なんて話を聞きました。

なるほど。そういう仕組みになっているのねと納得。
アホらしいけど、
儲かるならばそんなのをつくる人も出てくるのかもしれないですね。
ってことは、しばらくは無理なのかも。

とかなんとか思っていたら、
セグウェイ、意外な方向でビジネスチャンスを手にしつつあるようです。

『セグウェイ』がロボットになって戦場へ」(Wiredの記事)

 アメリカのロボット関連技術の開発・ライセンス会社「アプライド・パーセプション」が
 セグウェイをベースとする軍事用移動プラットフォームの開発で、
 米国防総省国防高等研究計画庁と契約した、という記事です。

荷物の運搬や兵士支援などの任務に使うのだとか。
セグウェイ社は儲かるんでしょうね、きっと。

そういえば、昨年暮れに米陸軍が発表した
自動操縦式殺傷兵器タロン(Talon)とかいうロボットも
近々、イラクに配備される予定だそうです。
(参考記事→「殺傷能力を備えた軍用ロボット車両、イラクに配備へ」)

ううむ。
これは少なくとも、ドラえもんで知った未来じゃない。
藤子先生でいえば、FというよりA。
あ、でも、F先生も結構ダークな作品書いているんでしたっけ。
いやいや。そういう問題じゃなくって、これは何だかおっかない。

ロボット同士で戦争を勝手にやるのならいいんだけど、
そんな「ロボコン」みたいな決着で終わるわけないと思う。

Posted by tekigi1969 at 14:58 | Comments [8] | Trackbacks [2]

2005年03月22日

●ジンガロに行ってきました

1、ジンガロ観てきました。

ジンガロ.jpg

  馬と人とガチョウのオペラ。
  ストーリーはとくにない。ただただとにかくカッコイイ。美しい。
  民族楽器が色々出てくるのだけど、チベット僧の演奏と祈祷の声も含めて、
  音は完全にトランス系でした。
  「持ってかれる」感強し。大満足。

2、馬が何かをする、というのではなくて、
  馬を使って何ごとかを為してみましたというイメージです。
  プロの仕業。馬が不意に糞をしても、演出に見えちゃう。
  ムダがないんですね、きっと。
  一度くらいは観ておくといいのではないでしょうか。

3、主宰者であるバルタバスは、なかなかのカリスマのようです。
  他のメンバーはいわゆる「曲芸乗り」をしているんだけど、
  彼だけは動く馬の上で身を任せるようにして謎のダンスをする。
  「馬を楽器にする」ってのは、こういうことなのね。
  観て、はじめて納得できました。

4、やっぱり「生」っていいですね。
  映画に比べたら、ずっと制約は多いはずなんだけど、
  その辺をクリアして実現させれば、全く違う迫力が出る。

5、ビールと同じ。まずは「生」から。

Posted by tekigi1969 at 09:55 | Comments [2] | Trackbacks [0]

2005年03月14日

●メディアITファイナンシャルグループ

どこかの社長さんが言っていた
「メディアITファイナンシャルグループ」。

漠然としたイメージぐらいしか思い浮かばないのですが、
このグループが総力を結集して手がける
「中・高生男子向け深夜ラジオ番組」と
「タモリ倶楽部」
ができるとしたら、
それにはものすごく興味があります。

どんなコンテンツがありえるんだろう。

「村上世彰のオールナイトニッポン」
とか
「エロ動画をあえてラジオで聴いて、その想像図をネットで公開しよう大会」
とか
「持っている株の価格に連動してタモリ倶楽部の
 オープニングのパンティーの柄が変わる」
とかそんな感じでしょうか。

考えてみると、あんまりおもしろそうじゃないなぁ。
一度聴けば(観れば)十分な気がします。

てか、そもそもの捉えかたが間違ってるのかもしれない。
まだまだ未知数なんだな、オレのITは。

Posted by tekigi1969 at 23:02 | Comments [0] | Trackbacks [1]

2005年03月13日

●ハオリムシに似ている

何をやっているのかよく分からないんだけど
実はとても大きい会社というのがあるんですよね。
しかも儲かっているらしい。

平日の昼間に外車で買物してるおじさんと同じくらい謎です。
あれは、もしかしたら、ハオリムシなのかなと思いました。

ハオリムシは、深海に住んでいます。
これは口もないし、消化器官も、肛門もないというとてつもない生き物。
チューブのような姿で袋状になっているのだけど、全体が閉じている。
でもオケラや人やパンダと同じように立派に生きています。

どうやって栄養を得ているのかというと、
エラから硫化水素、炭素、窒素なんていう無機物を取り入れて、
体内のバクテリアに化学反応を起こさせる。
そうすると硫黄とか硫酸ができて、
ついでにエネルギーも取り出せちゃうという仕組みなのだそうです。

効率悪そうに見えるけど、
大きなハオリムシは直径5センチ、長さ3メートルとかにもなるらしく、
深海には群れになってゆらゆら揺れるこの生物の小山があちこちにあるらしい。

とくに何も生産しないんだけど、深海では巨大勢力を築いている。
ただし、猛毒の硫化水素のそばじゃないと生きていけない。
かなりのリスクテイカー。

ハオリムシが何を考えているのかはよく分かんないのだけど、
きっと何がしたいってわけではないんじゃないかな。

地上で生きていけるかどうかは微妙っぽい。
でも、上手く適応したらすごい生物になるのかもしれません。

以上、変な生物の話でした。

Posted by tekigi1969 at 11:46 | Comments [2] | Trackbacks [0]

2005年03月11日

●アディダスのCMとか

1、ナイキに比べてアディダスのCMは
  イマイチじゃないのだろうかと思っていたのだけど
  今回のは何だかカッコいいですね。

2、と思ったら、これはスパイク・ジョーンズが撮ったようです。
  →こちら   mixiのコミュで知りました。
  なるほど。納得。
  やっぱり映像ってのは監督さんの力が大きいのだなぁ。
  本で言えば、編集さんですね。

3、でもスパイク・ジョーンズの映画「アダプテーション」は
  その内容のせいもあって、
  脚本家チャーリー・カウフマンの気配が強い。
  太宰治でいえば「人間失格」ではなく「晩年」っぽい。
  でも、素材(脚本)が自己主張しているように見せるってのも、
  監督の腕なのかもしれません。

アダプテーション.jpg

アダプテーション DTSエディション

3、そういえばナイキのCMって誰が撮っているんだろう。
  知らないんだけど、きっとすごい方(方々?)なのでしょうね。

Posted by tekigi1969 at 11:08 | Comments [2] | Trackbacks [1]

2005年02月27日

●ミスと責任と対策と赤信号

1、ずっと前に何かの本で読んだ話。
  「青信号と赤信号はどちらが大切か」という質問。
  交通安全のために重要なのは、赤だそうです。

2、物は壊れる、人は間違う。
  いくらしっかり作ったとしても、ある一定の確率で誤作動は起こってしまう。
  そのためには「間違いが起こった時には赤になるような仕組み」を作るのが良い。
  ロジックってやつです。

3、何かのトラブルが起こった時
  「青信号のままフリーズ」になったら最悪ですよね。
  間違いが起こった時には「赤」でダウンするようなシステムが安全。
  誤作動しないようにするのももちろん大事だけど、それは限界がある。
  異常事態の時には赤が吉。電気でいえば、ヒューズ、ブレーカー。
  この考え方はわりと他の分野でも有効な気がします。

4、昨年から企業のコンプライアンス(法令遵守)についての本を
  お手伝いしているのですが、
  これもわりと似ています。

5、例えば、どこかの会社の工場で何か大事故が起こったとして、
  やっぱり企業としては「できれば隠しておきたい」。
  でも世間としては「公表すべし」。
  後でバレて、大騒ぎというのは毎度繰り返されてるパターン。

6、二度とこうした事故を起こさないため色んな手が打たれる。
  法律とかが責任者を厳しく罰する→反省して、前よりも注意するようになる。
  でも、
  厳しくされ過ぎると、さらに「隠したい」という気持ちも高まっちゃう。

7、会社は「これからはルールを徹底します」→失敗しないようにします。
  でも、
  これってただの掛け声で終わりがち。だって物は壊れるし、人は間違う。
  確率は下がってもゼロにはならない。
  もしまた事故が起こったら「あれほど言ったのに」と怒られそうで、
  また隠しちゃうかもしれない。

8、だから「ルールの徹底を厳しくすること」よりも、
  「責任者を特定して断罪すること」よりも、
  再び同じようなことが起きた時に
  「赤」になるようなシステムをつくることがきっと優先。
  間違うことを前提にして、被害を出さない仕組みに変える。
  そんなような考え方がいいみたいです。
  「失敗学会」の畑村教授もこんなようなことをおっしゃっていました。

9、でも、これはロジックなので、なかなか上手くは行かないこともある。
  先週、BSE問題のついて取材をしていてそんなことを思いました。
  長くなりそうなので、続きはまた改めて。

     
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2004年04月22日

●見たいモノしか見えてはいない

麻雀をはじめて覚えた頃、街を歩いていると、
今まで見えていなかった雀荘の看板が
どんどん目に飛び込んできました。

いざ初めての雀荘に入ろうとして、
財布の中身が少ないことに気がつくと、
今度はいきなり消費者金融のポスターが見えたり、
こういうことってありますよね。

目は、見たい物とか興味のあることしか見ていない。

で、ですね、この説で行きますと、
僕は巨乳というものに全く興味がないようです。

友達と会話をしていて、
「ほら、あの胸の大きな子いたじゃん」
と言われても僕には全然分からない。
ちょっと呆れられるくらい視界に入っていないんです。

ただモノには限度があるので、
ごくまれに視野に入るほどの巨乳さんがいます。

数年前に知りあった女の子もそうでした。
カラダ全体が太いという事情もあったのだけど、
胸もとても大きくて、
ファミレスに行くとテーブルに乗ってしまう。

これはさすがに目に入ってきます。

この子には悩みがあって、
「口説いてくる男がみんな巨乳好きでね、嫌になっちゃう」
というのです。

ある意味不幸なのかもしれないな、と思いつつも
「それならそれでアピールポイントだと思えばいいんじゃない?」
と答えておりました。

そんな彼女にも新しい彼氏が出来て
「今度の彼はね、貧乳好きなのに、私の性格に惚れたんだって」
と嬉しそうでした。
少し疑問を感じつつも「良かったね」と僕。

1週間後彼女から泣きながら電話がありました。
曰く「彼の部屋に行ったら、巨乳ビデオばかりだったの」

結局、別れちゃったそうです。
これってどっちが悪いんでしょうね。
僕には、未だによく分からないのです。

Posted by tekigi1969 at 16:49 | Comments [0] | Trackbacks [0]